「たかが野球」恩師の言葉胸に ENEOS・大久保監督
社会人野球ENEOS 大久保秀昭監督(下)
私のリーダー論
社会人野球ENEOS監督 大久保秀昭氏
野球がうまいだけではスカウトしない――。社会人野球のENEOS、東京六大学の慶大を率いて成果を上げ続けてきた大久保秀昭氏。チームづくりの秘訣は「野球人間」だけの集団にしない、という点にあるらしい。広い視野をもたらしているのは慶大で巡り合った恩師の教えだという。
――「エンジョイ・ベースボール」の慶大の伝統を作り、野球殿堂入りしている前田祐吉監督の言葉が心に残っているそうですね。
「『たかが野球』ですね。大学、社会人ともなると野球がすべて、となりがちですが、前田さんはそうではありませんでした。野球に人生を振り回されてはいけないという考え方で、私の野球観も広がりました」
「野球がうまければすべて認められて尊敬されるわけではありません。私も学生には『勉強や他の競技、投資とかビジネス系への興味がわいてきて、野球と両立できないようならば、早くそっちの道にいって究めた方がいいんじゃないの』と言っていました」
「前田さんには瞬間湯沸かし器的なところもありましたが、厳しさは監督が押しつけるものではなく、先輩と後輩、選手の間で保たれてこそ、という方針でした。自由だけれども、どこまで自由にしていいのかは自分たちで考えなさい、というやり方でした」
――野球が全てではない、と思えば采配にも幅が出てきそうですね。
「(優勝した)2013年大会で(エース格の)三上朋也投手(その後DeNAへ)を準々決勝、準決勝で起用しませんでした。2回戦でベースカバーの遅れなど彼らしくないミスがあったからです」
「ミスは仕方ないのですが、会社を背負うプレーができているかどうかの問題です。三上投手が投げずに負けても仕方がない、というくらいの覚悟でした。決勝で先発した彼は見違えるような好投で、優勝をもたらしてくれました」
――ご自身の指導者人生にも「たかが野球」の哲学が生きていますね。
「近鉄の現役時代は5年で終わり、球団職員になりました。もう少し頑張って、ある程度成績を収めていたら、プロ野球の指導者もあったのかなと思いながら、別に必要とされなかったらそれはそれで仕方ない、と。つてをたどってまでして何とかしようとは思いませんでした」
「横浜ベイスターズ(現DeNA)の専務をしておられた山中さん(正竹、法大OB)に声をかけていただいて04年から2年間、2軍でコーチを務めました。指導者の道のスタートです。監督とかリーダーといっても、なりたいといってなれるものではなく、認めてくれる人がいるかどうか、ついてきてくれる人がいるかどうかですね」

1996年12月、近鉄バファローズの入団発表に臨む大久保秀昭さん(後列右から2人目)=共同
育成の主眼は人間形成
――スカウティングや育成も個人の人間形成を主眼に置いています。
「野球がうまい選手だけを集めようとは思っていなくて、チームにいい影響を与えてくれそうな人材を求めています。(大学の)キャプテン中心とかですね。大前提は仕事も安心して任せられることです。いずれは野球を引退し、社業に就かなくてはいけませんし」
「見込んで入ってもらった選手はなんとか可能性を引き出そうとしますが、どうしても成長がみられないとか、チームにマッチしきれないこともあります。つらい決断ですが、2年で社業に就いてもらうケースもあります。監督としては選手に何を求めるか、はっきりと示しておく必要があるので、自分の野球観、指導方針、年間の目標を明確に伝えています」
「慶大で指導した長谷川晴哉という選手は入学してきたころは、上級生になってもベンチ入りは難しいかと思われました。ところが誰よりも練習をします。3年生になって見込みがないとなるとフェードアウトしていく選手もいるなか、彼は黙々とバットを振る。そのご褒美というわけでもないのですが、彼の故郷である熊本で行われた全早慶戦で起用すると、大竹耕太郎投手(現ソフトバンク)から本塁打です。それからリーグ戦でもムードメーカーとしてベンチ入りするようになり、法大戦でサヨナラの内野安打を放ちました。頑張っていればやれるんだ、と示してくれた彼は控え組の星になりました。センスのある選手がセンスなりに活躍してくれるのもうれしいけれど、頑張り屋さんが報われるのはまた格別です」
「『○○世代』のように選手をひとまとめにすることがありますが、私が指導しているのは平均的な人間ではなく、個々の人間です。指導法に正解はなく、選手個々に合わせて考えていくしかありません」
ミス挽回する機会を
――年齢を重ねて指導法や采配も変わりましたか。
「慶大の監督時代は選手と個別にLINEでやりとりしました。野球観の擦り合わせや、練習に取り組む意図の確認に便利でした。150人からの選手への個別面談は時間的制約もあり、直接言いづらいこともあります。コミュニケーションが大事なのは言うまでもないですが、結局は思っていることを素直に伝えることだと思います」
「2012年の日本選手権の準決勝でピンチを迎えました。救援に送った沼尾勲投手はお父様を不慮の事故で亡くしたばかり。マウンドでは打者をこう攻めようとか戦術的な話をしようと思っていましたが、出てきたのは『こんなしんどい場面で出して悪いな。でも父ちゃんが見て応援してくれてるんじゃないか』。アドバイスにもなっていませんが、抑えてくれました」
「以前は気の抜けたプレーに対し、皆に聞こえるように叱ったこともありました。でもそういうのはやはりよくない。今も気になったところでは『なんだ、きょうのプレーは』と大声を出すこともありますが、その後に『こんなふうに言って良くなるなら、もっと言うけどね』などと付け加えています」
「ミスした選手には必ず、挽回する機会を与えます。一回のミスで懲罰として交代させることはありません。(指導者として)余裕というか、追われていない感じになってきたのかな」
(編集委員 篠山正幸)
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散歩で頭を空っぽに
ゴルフなどの楽しい趣味は慶大の監督時代に、全部手放しました。そんな時間があるなら、学生との時間を増やそうと。今はシーズーとプードル、2匹の愛犬との散歩と、自宅からグラウンドまでの1時間程度のウオーキングが趣味です。チームがうまくいっていないときに、歩きながら考えていると、あっという間に着いてしまう。野球オンリーの日々のなかで、頭を空っぽにしてリフレッシュできる時間になっているのかもしれません。
リーダーを目指すあなたへ
旗を持って「俺についてこい」というのはいいが、ちゃんと後ろをみなさいよ、と。誰もついてこなければ独りよがりのスタンドプレーにすぎません。リーダーと認められるかどうかは結局、周り次第です。