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蓄積された「使えないデータ」

「現場のオペレーションが勘と経験に基づいていた」。結果として蓄積されていたのが「使えないデータ」の存在だった。国内物流首位のヤマトが運ぶ荷物は、年間22億7000万個にも上る。しかし膨大なデータが事業会社や拠点ごとに分断され「使える状態になっていなかった」

埋もれたデータを宝の山に変えるには中途採用だけでは追いつかないというのが、中林の結論だ。外部人材を引き抜くだけでは不十分で、データに基づく運営をどう現場に落とし込むかが重要だ。中林は過去の経験から、現場もデータ分析も熟知する「ブリッジ人材」が必要になると指摘する。そこで注力したのが社員へのリスキリングだった。

アカデミーではエクセルの応用からデータサイエンティスト向けの実践的な内容まで10講座を用意した。3年で1000人の専門人材を育てることを目標に掲げる。

ヤマトは国の反対を押し切って日本で宅急便を始めて大きな成長を遂げた。企業も社員も、次の100年を生き抜くための知恵を学び直そうとしている。=敬称略

リスキリング、企業生き残りの条件に


「人材の再教育は社員に自信を与えるだけでなく、企業への信頼や貢献意欲を高める」。5月23日、世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)に出席した英PwCグローバル・チェアマンのロバート・モリッツ氏は、こう力説した。新型コロナウイルス禍でデジタル技術の進歩や働き方の多様化が加速するなか、世界中でリスキリングの機運が高まっている。
AT&Tはリスキリング導入の先駆けだ=AP

AT&Tはリスキリング導入の先駆けだ=AP

「リスキリング」という言葉が注目を浴び始めたのも、ダボス会議の影響が大きい。2018年にWEFが発行した報告書によると、組織的にリスキリングに取り組めば95%の人々は現職とは異なる新しい職種に移ることができる。一方、何もしなければその数字は2%にとどまる。めまぐるしくテクノロジーが入れ替わるデジタル化の時代にあって人材育成は企業の生き残りの条件となっている。
リスキリングで先行したのが米国企業だ。先べんをつけたのが米通信大手AT&Tだ。13年から20年までに10億ドル(約1300億円)を投じて従業員10万人の再訓練を実施した。19年には米アマゾン・ドット・コムも25年までに7億ドルを投資し、データサイエンティストやアナリストなどの専門人材の育成に取り組むことを表明した。

リスキリング熱は日本でも高まっている。矢野経済研究所(東京・中野)によると、国内のeラーニングの市場規模は22年度に前年度見込み比1割増の3645億円になる見込みだ。コロナ禍による在宅勤務の普及を背景にオンライン教育を取り入れる企業も増えている。

18世紀半ばに英国で産業革命が起き、いわゆる知的労働者の比重が高まるにつれて人類は何度も学び直しに直面してきた。石炭が生む動力が機械を産業化し、20世紀には電機や自動車といった巨大な製造業が出現。その度に学ぶ対象が変わってきた。21世紀に入って飛躍的に進化したデジタル革命は、過去数百年の中でもとりわけ大きなイノベーションと言える。

日本最大のユニコーン企業で「AI(人工知能)の天才集団」とも評されるプリファード・ネットワークスは、「Learn or die(学ぶか、さもなければ死か)」を掲げる。ただ、学ばなければ衰退するのは一握りの頭脳集団だけではないはずだ。
かつて世界に君臨した日本企業はデジタル全盛の時代に米国や中国と比べて大きく後退した。AIやブロックチェーンなど新しいテクノロジーが花開く現代に、人も会社も何を学び続けられるかが問われている。
(山口和輝が担当します)
[日本経済新聞電子版 2022年6月20日付]

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