変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

ブートキャンプの仕掛け人であるフェローの豊増俊一は1981年の入社時からソフトの専門家としてキャリアを重ねてきた。メカや空力、エンジンが花形だった当時の開発陣の中では傍流中の傍流で社内でも便利屋的な立場だったと言う。

だが、自動車開発の根本がソフト主導に移ろうとしている現在、「ソフト屋」の立ち位置はガラリと変わった。豊増は「5年後には(開発陣の)マジョリティーがソフトウエアということになると思う」と話す。

独ボッシュはIT技術者向けのオンライン講座も提供

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「未来のクルマを造るのは誰か」。そんなテーマに挑むのは日産だけではない。トヨタ自動車も「ソフトウエアファースト」を掲げてソフトが先導するクルマづくりへの転換を目指す。

業界を覆う大変革の波は、当然ながらサプライヤーにも及ぶ。自動車部品大手の独ボッシュはガソリン車の技術者をEVやソフトウエア領域に職種転換するため、すでに過去5年間で総額10億ユーロ(約1400億円)を投資してきた。ボッシュは1990年代にディーゼル車の基幹部品を開発して一時代を築いたが、自動車にEVシフトとソフトウエア化という大波が押し寄せるなか、脱エンジン依存に向けて従業員の再教育を進める。

欧州での脱ディーゼルの流れは15年に発覚した独フォルクスワーゲンの不正が転機となったが、ボッシュは09年時点からドイツと日本にトレーニングセンターを設立して社員の学び直しを促してきた。現在では極めてシステマティックに学び直しを「見える化」している。

例えば、ある従業員がソフトウエアエンジニアを目指す場合、過去の職歴や自分が持っている資格などのスキルに応じて上司と話し合い、これから受けるべき研修を決める。部門別に職務内容や受け入れ条件を明確にすることで、目標達成への道筋を立てやすくした。そのために会社側が用意したプログラムは200講座に及ぶ。形式も対面からオンライン、アバターとして参加するバーチャルまで様々だ。研修は業務と見なされ費用はすべて会社が負担する。

ツールを導入するだけではない。重要なのが、社員が自ら学ぶ文化をどう定着させるかだ。学び直しは年齢に関わらないが、日本法人が当初ターゲットとしたのが40歳だった。まずは同世代同士でこれまでに身につけたスキルやキャリアを披露し合い、これから学ぶべきことを共有する。

独ボッシュのソフトウェア開発を担う拠点(横浜市)

独ボッシュのソフトウェア開発を担う拠点(横浜市)

実際にリスキリングを始めると1年間、定期的に交流会を開くことにした。人事部長の新井信行は「学び直しの熱をどう維持してもらうか」に腐心したと言う。境遇が似る同世代で悩みや課題意識を共有することで学ぶモチベーションを高める狙いだ。20年から始め、現在は徐々に若手層へと取り組みを広げている。

EV化がいち早く進む欧州では、国境や会社の垣根を越えたリスキリングの取り組みも始まった。欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会が設立した産学連携組織の欧州バッテリー同盟(EBA)は25年までにEVの電池生産に関するリスキリングを約80万人に提供する。欧州委員会副委員長のマロシュ・シェフチョビッチは「グリーン経済への移行はまさに『人』が中心だ。スキルへの集中投資が大きな価値を生む」と強調する。

生き残るのは強い者でも賢い者でもなく、変化できる者である――。進化論を唱えたチャールズ・ダーウィンの至言は産業界でも語られることが多い。巨大産業である自動車業界もまた、生き残りの条件である変化を求めて学び直しに奔走し始めた。=敬称略

(山口和輝)

[日本経済新聞電子版 2022年6月21日付]

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