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客の「長居」を歓迎する理由

第3の理由に挙げられた「居心地のよさ」を物理的に支えているのは、上等な椅子の存在だ。赤いじゅうたんに合わせて、クラシックな形の椅子が選ばれている。小宮山社長が吟味した特注品だ。数種類のバリエーションはいずれも小宮山社長の眼鏡にかなった品ばかり。「非売品の椅子だが、『売ってほしい』という依頼をしばしば受ける」(小宮山社長)。厚手の羅紗(らしゃ)を張って、肌当たりをソフトに整えてある。これも「長い時間、座り続けていても、お尻が痛くならないように」という気遣いからだ。

客の長居を嫌う喫茶店・カフェでは、座面が硬めの椅子を選ぶことが多い。痛みに耐えかねた客が席を立てば回転率が上がる。地価の高い都心部では当たり前のようなビジネスモデルだが、ルノアールは都心部に強いのに、商法が異なる。まして、羅紗張りの椅子は木製や革張りと違って、汚れや摩耗が避けにくく、メンテナンス費用が生じる。

緑茶、おしぼり、羅紗張り椅子――。いずれもコストがかかり、同業他社があきらめていったもてなしだ。しかも、いずれも客の長居を誘う。つまり、「回転率を落とし、収益性を損なう」と、教科書的な飲食店経営論がネガティブにとらえがちなサービスだ。でも、ルノアールはどれも捨てようとはしない。むしろ、「ぶれない軸」と位置づけている節すらある。なぜ、セオリーの逆を行くのか。

都心部の「喫茶室ルノアール」ではビジネス客の利用が多い

都心部の「喫茶室ルノアール」ではビジネス客の利用が多い

「『選ばれるオンリーワン』でありたい」。ぶれない軸の理由を、小宮山社長はこう説明する。今や都心部では多くの喫茶店・カフェが回転率を重視するようになり、席で過ごす時間は昭和に比べあわただしさを増した感がある。「コメダ珈琲店」や「上島珈琲店」のようなゆったり過ごしやすい選択肢は残っているものの、都心部での数はそう多くない。そうした変化の中、ルノアールが大事にするのは「『ここじゃなきゃだめ』と思ってくれるロイヤルカスタマー」(小宮山社長)。通称「ルノアラー」だ。

小宮山社長の頭に「長居客は店側の損」という意識はないという。ビジネス客はリピーターが多く、使い勝手や居心地がよいと分かれば、頻繁に足を運んでもらえる。だから、長い目で見れば「損ではない」と、小宮山社長はみる。近年はリモートワークの場として選ばれることも増えた。仕事に打ち込む環境としてもルノアールは条件に合う。

実際、商談や打ち合わせに使いやすい都心部の喫茶店・カフェは数が限られる。秘密性の高い話題ともなれば、なおさら選択肢は少ない。あちこちを探し回るのは労力がもったいない。その点、席数が多めで、空きがありそうなルノアールは迷わずに選べる有力候補といえる。「席が埋まっていないだろうという安心感も選んでもらえる理由の1つかもしれない」と語る小宮山社長の懐の深さは、ルノアールに共通して漂う、穏やかなムードにも通じているようにみえる。

無意識に感じる居心地のよさがルノアールの強みだが、実は裏側では細やかな接客が快適さを支えている。小宮山社長がスタッフに日ごろから伝えているのは「呼ばれたら負け」という言葉だ。「すいません、お水ください」と客側から声が出た時点でもてなしが足りていないという意味。客が呼ぶ前に察して動くことが求められている。

もてなしは臨機応変であることが望ましい。たとえば、暑い夏は1杯目の水をすぐに飲み干してしまう客が少なくないから、水の入ったグラスを交換するタイミングを早めに心がけているという。こうした長年の接客例から導き出されたノウハウが客にサービスのありがたみを意識させないもてなしにつながっている。早くも各店に戻り始めたビジネス客の多さは、ルノアールの流儀への「ぶれない信頼感」を証明しているかのようだ。

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