ウェルスナビCEO 人生変えた妻との出会いと家庭危機
ウェルスナビCEO 柴山和久氏(上)
キャリアの原点08年、出向を終えて日本に帰国。NISAや炭素税、子育て世帯のサポートや消費税の軽減税率など、当時まだ形になっていなかった制度の導入準備を包括的に担当するようになった。責任ある仕事を任され、やりがいを感じていた。しかし、生活が再び「霞ヶ関スタイル」に戻ったことで、家庭内に不穏な空気が流れ始めた。朝9時の始業から午前3時、4時まで帰ってこない夫に、妻は、「それだけの長時間、どこで何をしているの?」と聞いてくる。
「イギリスでは、効率的に仕事をすすめていくためのプロセスや基準がきっちりと定められ、それらが見える化されていました。日本の場合OJTが多く、基本的に上司のやり方を学んでいくスタイルなので、同じ仕事でも人によってやり方がいろいろある。そうなると意思疎通に時間がかかるし、意思決定も遅くなります。それにイギリスでは、午前10時から午後4時までという限られた時間内に予算のヒアリングをするというルールが徹底されていました。そうしないと保育園の送り迎えをしている子育て中の職員が評価の面で不利になるという理由からです。始めと終わりの時間が決まっているので、上とも横とも一斉にコミュニケーションを取る。だから物事が決まるスピードが圧倒的に速い。でも、こんなに帰宅時間が遅いのは、私が嘘をついているか、財務省の働き方が間違っているかのどちらではないかと思う妻に、日英の違いを説明したところで納得してもらえるわけがありませんでした」
このままでは家族が持たない
国家公務員として、社会に奉仕したいという気持ちに全く変わりはない。仕事は年をへるごとに楽しくなっている。だが自分が朝方まで帰ってこないせいで、妻は知らない土地でたった1人、心細い思いをしている――。悩み抜いた末、柴山氏は財務省を辞める決断をした。当時、財務省の男性キャリア官僚が、仕事と家庭の両立ができないという理由で退職するのは前代未聞。「でも、このままでは家族が持たないと思いました」
切羽詰まった決断だったため、次のキャリアプランは何も決まっていなかった。とりあえず1年ビジネススクールへ行って、その間に考えることにした。行き先はフランスのINSEAD。多くの起業家を輩出していることで有名な大学院だが、「世の中には起業する人もいるんだ」と遠い世界の話にしか思わず、起業ではなくファイナンスの授業を中心に取った。
ところがINSEAD修了後、想定外の大ピンチに遭遇する。後編ではそこから「まさか」と思っていた起業にチャレンジすることになった経緯、自身の葛藤の経験から生まれた「こだわり」について紹介する。
(ライター 石臥薫子)