変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

上智大学理工学部に入ってまもなく同級生らとイベント企画団体を立ち上げた。名だたるスポンサーから資金を集めて収益を上げ、ビジネスの面白さを知る。

「上智大でイベント企画団体を立ち上げ、自分が『仕組み作り』に向いていると気づいた」と振り返る

「上智大でイベント企画団体を立ち上げ、自分が『仕組み作り』に向いていると気づいた」と振り返る

専攻は機械工学科でした。あまり熱心に勉強したとは言えませんが、周囲の友達の協力のおかげで、成績はキープしていました。小中高に続いてやはり奨学金を受給していて、生活費は自分で稼がなくてはならなかったので、どうせなら面白くてもうかることをしたいと思い、イベント企画を行う団体を立ち上げました。名だたる企業を訪ね、新歓コンパなどの企画にスポンサー料を出してもらうのですが、大学生にしてはレベルの高いプレゼンだったのかなと思います。

当時は大学生にとってタバコがカッコよく映るアイテムだったので、広告規制で困っていた日本たばこ産業(JT)などはスムーズにスポンサーになってくれました。あとはエイチ・アイ・エス(HIS)などの旅行会社とか。「1業界1社」と枠を設け企業が競い合う仕組みを作ることでスポンサーからの収入を増やすことにも成功しました。収入はメンバーで役割に応じて配分し、イベント1回で1人あたり60〜100万円。それを年2、3回やっていたので、大学生にしては十分過ぎる額を稼いでいました。ビジネスの面白さを体感し、自分が「仕組み作り」に向いていることにも気づきました。

うまくいった要因ですか? 一つはメンバーが皆、抜きんでて頭が良かったというのがあるでしょうね。のちに、アトラエの前身となる会社を起業した際に共同創業者になった平井誠人氏もその団体の仲間でした。彼は上智の理工学部の同級生で、大学院に行ったので社会人になったのは私より2年後でしたが、私が就職したインテリジェンスでも同僚でした。

イベント団体以外に、データセンターなどの工事のアルバイトもしていました。例えば、たくさんあるLANケーブルから一番古いケーブルを手際良く抜いていくといった作業を夜中にするのですが、普通は一晩に現場1カ所で、大抵みんなダラダラ作業している。私は、なぜ?と不思議でした。もっと効率よくやればもっと稼げるのにと。だから私は「一晩に2カ所やって2倍稼ごう」とメンバーを鼓舞して、稼げるチームを作り上げました。その結果、アルバイトなのにチームを任せてもらえるまでになりました。

いまアトラエでは、組織のエンゲージメント(チームへの貢献意欲や働きがい)を可視化する解析ツール「Wevox(ウィボックス)」を展開していますが、当時の私のチームのエンゲージメントは相当高かったと思います。

1998年に上智大を卒業。前年に金融機関の破綻が相次ぎ周囲の学生が安定を目指す中、当時ベンチャー企業だったインテリジェンスに入社した。同社はサイバーエージェント社長の藤田晋氏、主婦向け就職支援のビースタイル会長の三原邦彦氏なども輩出している。

就活時点で将来は起業すると決めていたので、若い時から仕事を任せてもらえること、経営者との距離が近いこと、周囲のレベルが高いことを条件に会社を探しました。外資のコンサルティング会社やマスコミ、広告などいろいろな説明会を回りましたが、どこも人事の話がつまらなくて興味が持てない。そんな中、インテリジェンスだけは東京工業大出身の入社2年目の人が出てきて、「自分は名だたる企業の内定をもらったが全部蹴ってインテリジェンスに入った。その理由はこうだ。あなたたちは普通のサラリーマンで本当に満足できるのか?」と畳みかけてきました。それを聞いて経営者への最短ルートはここだと確信しました。

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