「愚直に行動観察」 牛窪恵さんが心の余裕を説く理由
働く女性のキャリアスパイス(3)
キャリアコラム女性の尊厳を巡る一つの出会い
カウンセリングなどを受けてストーカー被害から立ち直り、フリーの立場で仕事を再開。99年、自ら企画したストーカー対策に関する雑誌の取材で当時、ストーカー研究の第一人者であったジャーナリストの岩下久美子さんに出会う。
岩下さんは桶川ストーカー殺人事件を取材されていて、警視庁ストーカー問題対策研究会の委員も務められた方です。残念ながら不慮の事故で01年に亡くなりました。急逝されたのは遺稿となったご著書「おひとりさま」の発売直前でした。
取材で初めてお会いしたとき既に、岩下さんは「『おひとりさま』という言葉を広めていきたいと思っている」とおっしゃっていました。最初は、なぜそれがストーカーと結びつくのか分からなかった。けれど、「女性が自立できない社会では、そこを弱みにして男性に付け込まれてしまう。だからこそ、女性が本当の意味で男性と同じように働ける社会にしていかないといけない。女性が尊厳を持って『嫌なことは嫌だ。できないことはできない』と言えることが大事」と説く岩下さんのお話をうかがっていくうち、取材の最後の方に分かってきました。岩下さんは、だからストーカーの研究を通して「女性が1人で行動できるような社会に」と唱えようとしているのだと。そのことを伝えると、ずっと難しい表情を浮かべていらした岩下さんが、「よく分かったわね」とまるでパっと花が咲いたように笑顔になったのを覚えています。
規模拡大より持続性を大事に
その後、知人の紹介で旅行会社のパンフレット制作などを手掛けるうちに、業容が拡大し01年に会社を設立。04年、「企業や市場が変われば社会が変わる。『女性がジェンダー平等を唱えているだけでは、なかなか変わらない』と話していた岩下さんに報いたい」との思いで「おひとりさま」という言葉を一躍、ビジネスの世界でも有名にしたデビュー作を発表する。会社は順調に売り上げが伸びていった。だが、自身の会社でも社員がメンタルに不調を来してしまいショックを受ける。自身が多忙で外出も多く、十分にケアできなかったことなどを反省し、規模拡大は第一にしないと決めた。

経営者として、「持続可能な仕事のやり方を柔軟に考え、エンジンになるスタッフ一人ひとりのメンタルも体調も大事にしていきたい」と話す(インフィニティ提供)
税理士さんに相談すると、「牛窪さん、何のためにこの会社をつくったのですか? この会社をどうしたいんですか」と聞かれて。起業の理由には、受ける仕事が急増して税金面などからも法人とすべきといった事情がありました。
同時に、私が大学生のときに熟年離婚して働き口を探していた母を社員として迎えたいという思いもあった。母が職探しで苦労していた姿を見ていたからです。女性が尊厳を持って働ける社会に、という概念の大切さは岩下さんから学んだことでもあります。先ほど、お話した出版社時代に残念ながら守ってあげられずに退職していった後輩や他の後輩女性たちにも仕事を手伝ってもらっています。
税理士さんにそうした思いを伝えると、「あなたはもともと現場にかかわりたい人。全部部下に任せることができるならまだしも、女性が働き続けられるようにサポートしていきたいというなら、スタッフにきめ細かい配慮も必要でしょう。だったらこれ以上大きくするという話ではないのでは」と言われました。確かに、もともと私は大金を稼ごうと思って始めたわけではない。このため、10年ごろに拡大は追わないと決めました。
だから、いま、新しい仕事が持ち上がった際は、条件面も提示したうえでスタッフに「この仕事、受けたい?」と相談しています。ミッションステートメント(行動指針)は経営学でも大事です。何のためにこの仕事をするのか、この仕事をやった先に何があるのか。そうしたことを皆で話し合いながら、取り組むかどうかを決めるようにしています。
女性は結婚・出産で働き方が変わりやすいし、不妊治療をしているスタッフもいれば、介護中のスタッフもいる。それだけに持続可能な仕事のやり方を柔軟に考え、エンジンになるスタッフ一人ひとりのメンタルも体調も大事にしていきたい。
かつては自著を通じて提示した言葉が流行語大賞に入ったかなどを気にした時期も。けれどいまは、一時的な成果に一喜一憂するのではなく、持続的に業務を続けていくことが大事だと考えています。
日常的にブラッシュアップを
仕事をするうえで大事にしている言葉は、ロビン・ウィリアムズ主演の洋画のタイトルでもある「いまを生きる」。牛窪さんは自身の乳がんを疑った時期があり、「人間は1度しか生きられない。いまこの瞬間、できることに精いっぱい挑戦し続けよう」との思いを強くしたからだという。後進女性には心身が健康であれば、必ず「次」があるとエールを送る。
誰でも、変わるより現状維持の方が楽です。けれど、いまは無料動画でも多くを学べるので、日常的にブラッシュアップを心がけて、自分がやりたいことやかなえたい夢を決してあきらめないでほしい。つまずいたことやつらいことがあっても、心身が健康であれば必ず次につながります。新しい年を良い1年にしてほしいです。
これからですか? 大学院でいままで通りマーケティングを教えながら、自分も博士課程後期にチャレンジしたいと思っています。海外の論文研究も学会での発表もまだまだ足りていない。自分を追い込まないとやれないタイプなので、自分を縛って追い込んで、楽しみながら自分に挑戦し続けたいと思っています。
(佐々木玲子)