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さらに、従業員に支払われる賃金総額も下がった。情報開示の義務付けを口実に、男性社員の賃金を抑制したためと思われる[注4]。男女間の賃金格差の縮小が急務であるから、男性社員の賃金を引き上げられないとする理屈が使われた可能性があるのだ。実際、データを詳しく見ると、女性の賃金の伸びは変わらないものの、男性社員の賃金の伸びを抑えることで男女差を解消したことがわかった。

ただし、企業利益に対する影響はほとんどなかった。これは売り上げが減っても、同時に給与支払総額も減っているためだ。

日本の政策は、やりっぱなしでその効果を丁寧に検証することはほとんどない。政策が期待した成果を挙げたか、意図せざる副作用はなかったか、政策に改善の余地はないか、といった点について絶えずデータに基づいて検証しなければ、目的とする女性活躍も進まず、その先の経済成長もおぼつかないだろう。

※出典 [注1]内閣府(2022)、「男女間賃金格差の情報開示の義務化に対するステートメント」、https://www.gender.go.jp/kaigi/renkei/statement/pdf/statement_01.pdf
[注2]BENNEDSEN, M., SIMINTZI, E., TSOUTSOURA, M. and WOLFENZON, D. (2022), Do Firms Respond to Gender Pay Gap Transparency?. The Journal of Finance, 77: 2051-2091. https://doi.org/10.1111/jofi.13136
[注3]Card, David, Alexandre Mas, Enrico Moretti, and Emmanuel Saez, 2012, Inequality at work: The effect of peer salaries on job satisfaction, American Economic Review 102, 2981–3003.
[注4]Citation. Cullen, Zoë B., and Bobak Pakzad-Hurson. "Equilibrium Effects of Pay Transparency." NBER Working Paper Series, No. 28903, June 2021.
山口慎太郎
東京大学経済学研究科教授。内閣府・男女共同参画会議議員も務める。慶応義塾大学商学部卒、米ウィスコンシン大学経済学博士号(PhD)取得。カナダ・マクマスター大学准教授などを経て、2019年より現職。専門は労働市場を分析する「労働経済学」と、結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」。著書『「家族の幸せ」の経済学』で第41回サントリー学芸賞受賞。近著に『子育て支援の経済学』。
[日本経済新聞朝刊2022年9月5日付]

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