本田圭佑GMの「サカつく」クラブ 新CEOのリスキル人生
myリスキリングストーリー実はこのビジネススキルがサッカークラブ運営でも生きた。前述のように、EDO ALL UNITEDではオーナー全員が意思決定に関わるが、当初「決め方が決まってなかった」。例えば誰かがTシャツやグッズを作りたいと提案し賛同が集まっても、誰がロゴを管理し、誰が誰と何を話せばいいのかというプロセスが決まっておらず、物事が前に進まなかった。しかもメンバー全員、バックグラウンドも違うので共通言語もない。
「いきなりシステムの話をしても伝わらないし、誰かが置いてきぼりになると『みんなで一緒に運営する』という理念から離れてしまう。そこで、これまでの仕事で培ってきた誰にでもわかるように話したり、相手の立場に立って説明したりしながら巻き込んでいくといった経験が役に立ちました。自ら率先して動くというのもずっと心がけていたことで、少しずつ共通認識が持てるようになりました」
そうして組織や体制作りに関わる一方で、「IT部長」に立候補。ポイントで各オーナーの貢献度を可視化するシステムづくりにも取り組んだ。毎月の出資額に応じてポイントが加算され、さらに「この人は○○の面で貢献してくれているから感謝したい」と思うオーナーにポイントを贈ることで、贈られた側の貢献ポイントがたまっていく仕組みだ。
「EDO ALL UNITEDではスポンサーに頼りきらない新しい経営のやり方を模索しています。スポンサーの出資比率が高くなりすぎると民主的な『リアルサカつく』のコンセプトが揺らいでしまう可能性がある。だからそれを防ぐためにも貢献度を可視化し、エンゲージメントを高めながらオーナーを増やしていく工夫が必要なんです。一種の社会実験ですね」
ポイントシステムの開発では、5年前から働いているドーモで提供するクラウド型データ活用プラットフォームDomoがヒントになった。Domoは平井さんの言葉を借りれば「家計簿アプリの企業版」。クレジットカードやペイペイなどの決済アプリの利用状況や銀行残高が一目でわかる家計簿アプリと同様に、営業や製造、会計など社内の各部門が別々に集計しているデータを自動的に集め、ダッシュボード上で一目でわかるようにする仕組みだ。
平井さんはDomoを参考に、各メンバーの貢献度をデータで可視化するシステムのイメージを作り、他のオーナーたちを巻き込んでいった。その一人は2ちゃんねる元管理人の「ひろゆき」こと西村博之氏で、実際のシステムの実装は同氏が経営する「未来検索ブラジル社」のエンジニアにサポートしてもらったという。
「ポイントシステムの開発では、僕自身、これまでやったことがなかったシステム開発のプロジェクトマネジャーのような経験もできた」と振り返る平井さん。個人的な興味で参加した社外活動で、仕事で続けてきたリスキリングが生きただけでなく、新たな経験やスキルを得ることもできたというわけだ。

クラブチームの選手・メンバーたちと(前列中央が平井さん)。「会費も払っていますが、ものすごい経験と夢というギフトをもらっています」と話す
社外活動で新しい経験・スキル 夢も芽生える
EDO ALL UNITEDに参加したことは、これからの人生を考えるきっかけにもなった。
「英語×BtoBマーケでやってきたけど、それが一生かけて成し遂げたい仕事なのかと問われれば違うなと。じゃあ何を目指すのかと考えた時に浮かんだのが、サッカー、スポーツ、エンタメというキーワードです。日本のスポーツはコンテンツとしてポテンシャルがあると思うんです。DAZN(ダゾーン)が日本のJリーグに多額の出資をしたというのも、青田買い的な意味があって、これから市場が伸びるアジアにおいて日本は一番サッカーが強い国だから。W杯や海外のクラブチームで活躍する選手がこれほどいるということは、日本のサッカーってグローバルでも勝てるエンタメコンテンツになると思うんです。そこで、僕は僕なりにビジネス×スポーツの可能性を切り開いてみたい」
平井さんはITで瞬時に可視化できるデータをもっと活用することで、スポーツビジネスの経営判断のスピードと精度を高めることができるはず、と感じている。まずはEDO ALL UNITEDのCEOとして、自身もデータを活用しながら収益基盤の安定化やチーム強化、環境整備に取り組んでいくつもりだ。
「活動はボランティアだし、それどころか会費も払っていますが、ものすごい経験と夢というギフトをもらっていると思います。10年後に、あの時、このチームをゼロから作り上げるのに自分も貢献したんだと誇りを持って振り返ることができるよう、頑張りたいと思います」
(ライター 石臥薫子)