起業した人を身近に 大学発ベンチャー育成の近道とは
ユーグレナ社長 出雲充氏(8)
ビジネスの視点というわけで東大は、「起業した人が身近にいる」環境づくりを泥臭くやってきました。東大では今、1年生から全学年の学生が、非常に頻繁に、起業した先輩を目にする機会があります。起業家が授業をしたり、研究室に遊びにきたり、文化祭で話をしたり、総長や教授たちとパネルディスカッションをしたりしていますし、キャンパスにいれば起業家の先輩がフツーに歩き、学食で食べている。
学生は間近で会った起業家のことは忘れません。その時すぐに起業しようと思わなくても、後から「そういえばあの時……」と起業家の先輩が発していた熱量を思い出し、勇気を得るのです。とにかく「1回でも実際に会う」というのが、とても重要です。

動物園のふれあいコーナーのように、学生と起業家が気軽に交流できる機会を増やすことが大事だという
こういう環境を作るのに大してお金はかかりません。まず大学がやるべきことは、毎月のように起業家を呼んでイベントや講演会を開くこと。そして授業や研究室にもどんどん来てもらえるように働きかけることです。いきなりベンチャー向けのビルなんか作らなくていいのです。だって、実際に起業して入居してくれる人がいなければ何の役にも立ちませんから。
動物園のふれあいコーナーみたいに、ちょっと広めのスペースに起業家に来てもらって「ハーイ、ここに起業家がいますよー。どうぞ自由に触れ合ってくださーい」ってやる感覚です。そこに徐々に人が集まるようになり、ポツポツ「自分もやってみようかな」という人が出てきて初めて、インキュベーション施設が役に立つのです。
その先に、「ベンチャーキャピタルが資金を出します」とか「税務や法務も含めて事業の相談に乗ります」といった支援策がシームレスにつながれば、ベンチャーは育っていく。体制だけ先に作って「いくらでも支援しますから、起業してください」という順番ではダメなのです。
岸田文雄首相は自ら掲げる「新しい資本主義」の実現に向け、2022年を「スタートアップ創出元年」と位置づけ、スタートアップの徹底支援を掲げています。さらにイノベーションの推進、科学技術立国の目玉として10兆円の大学ファンド(基金)を創設する計画です。ここまでスタートアップと大学にフォーカスし、「徹底的に支援するぞ」と日本の総理が言うなんて、歴史上初めてのことです。
私が最近気に入っている言葉に「天地人」、すなわち「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」という孟子のことわざがあります。「天の時」とは天から与えられた絶好の機会のこと。いままさに大学は絶好の機会を得ています。それに応えて大学も経済産業省も我々大学発ベンチャーの先輩も「地の利」すなわち戦略も作って、「人の和」で団結して盛り上がるように協力していきましょう、という流れができてきた。これを生かさない手はありません。
東大は非常に地味で泥臭いやり方でベンチャー育成のエコシステムを作ることに成功しました。今は東大だけうまく行っている状況だけれども、そのノウハウを日本中の大学がシェアして、どんどんコピペして活用してけばいいのです。大学だけでなく、高校や中学でも同じように、生徒が起業家と頻繁に触れ合える環境を作ってほしい。日本で起業家がなかなか生まれないのは、日本人に起業家精神が足りないからではありません。環境の問題なのです。2022年を元年に、日本の至るところでベンチャーが雨後のたけのこのように育っていくことを願ってやみません。
1980年広島県生まれ。2002年東大農学部卒、東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行。05年ユーグレナを創業。同年、世界初となる微細藻類「ミドリムシ(学名・ユーグレナ)」の食用屋外大量栽培に成功。世界経済フォーラム(ダボス会議)のヤンググローバルリーダー。第1回日本ベンチャー大賞「内閣総理大臣賞」受賞。経団連審議員会副議長。
(ライター 石臥薫子)
※出雲充氏の「ビジネスの視点」は今回が最終回です。