中年の星がみた藤井聡太 「1年で飛躍、弱点は見えず」
『木村一基 折れない心の育て方』監修者に聞く
ブックコラムモデルチェンジを急がず丁寧に自分を積み上げる
――AIの普及などで、これまでの将棋観が崩されるということはありませんか。
「昨年の王位戦では藤井さんと全く読み筋が食い違い、感想戦がかみ合わなかったことがありました。一方で我ながら泣きたくなるような辛抱の手で逆転しかけたこともありました。棋風や研究方法をAI時代だからと拙速にモデルチェンジするのではなく、ブレずに丁寧に自分を積み上げていくべきだと考えています。受け将棋ですが、単純に受けるのではなく、相手の攻め駒を攻めるという積極的な受けを心がけています。受けるには、相手の作戦の1手前に封じるのが最も効率が良いのです。2手前の方が用心深いのですが効率が悪くなります」
「高い目標を立てると、あまりうまくいきません。コツコツ積み上げていくという方法が身についています。1局1局が重なって結果となるので、まず次の対局に全力投入します」
――今夏のプロ棋士の団体戦では、チームの若手棋士を褒めてヤル気を引き出し、自らも勝利して「仕事もデキる理想の上司」とネット上で評判を呼びました。弟子に高野智史六段(新人王)らを育てています。
「一般的な将棋の師匠は技術的なことは教えません。しかし私は未熟な面は指摘します。きついことを言ってあげられるのは師匠しかいません。あまりやさしい言葉もかけません。勝負の世界は基本的に厳しいのです。弟子を育てて具体的なメリットがないのが将棋界です。しかし育てて良かったと思います。もらった縁は大事に育てたいのです。高野の弟弟子にも師匠としてできることはしたいし、できればちゃんと育って棋士になってほしいと思います」
「プロ棋士養成機関の奨励会には約11年在籍しました。一人前の四段になれると信じていましたが、10代から20代初めの時期に心が折れそうになることもありました。今でも三段リーグを闘っていた時のことを思い出します。歳月を経て折れ曲がっていくものを、あの苦労の時期が少し矯正してくれています。『なぜ、あの時にできる限りのことをやらなかったのだろうか』と後悔せずに頑張っていきたいです。弟子たちにも伝えたいですね」
(聞き手は松本治人)
1973年生まれ。85年に佐瀬勇次名誉九段門で奨励入会、97年四段、2017年九段。「千駄ケ谷の受け師」「勝率くん」と呼ばれたが、タイトル挑戦6回連続失敗は最高記録(同タイは森下卓九段)。19年に王位獲得。著者に『不折不撓』など。