頭脳を活性化し思考体系広げる 教養としてのラテン語
リブロ汐留シオサイト店
ビジネス書・今週の平台
ビジネス教養書などを並べた書棚で展示する(リブロ汐留シオサイト店)
本はリスキリングの手がかりになる。NIKKEIリスキリングでは、ビジネス街の書店をめぐりながら、その時々のその街の売れ筋本をウオッチし、本探し・本選びの材料を提供していく。今回訪れたのは定点観測しているリブロ汐留シオサイト店だ。客足もコロナ前の水準に近づき、ビジネス書の売れゆきも通常ペースに戻りつつある。そんな中、書店員が注目するのは、ラテン語という現代の日本人にはなじみの薄い題材を語りながら、学びの意味や哲学、歴史、宗教をめぐる深い洞察に触れることのできる教養書だった。
著者はバチカン裁判所の弁護士
その本はハン・ドンイル『教養としての「ラテン語の授業」』(本村凌二監訳・岡崎暢子訳、ダイヤモンド社)。副題には「古代ローマに学ぶリベラルアーツの源流」とある。著者のドンイル氏は東アジアで初めてバチカン裁判所の弁護士になった韓国人で、本書の略歴によれば「韓国とローマを行き来しながらイタリアの法務法人で働き、その傍ら、(韓国の)西江大学でラテン語の講義を担当した」という。
その講義、2010年の後期から16年の前期まで教鞭(きょうべん)を執っていた「初級・中級ラテン語」の授業内容をまとめたのが本書だ。だからといって、これを読んだらラテン語が身につくといった短絡的な内容ではない。
第1講は、ラテン語に苦しむ青年が登場するヒット映画の話から始まる。そしてなぜラテン語は難しいのか、その難しさの先にどんな世界が広がっているのかを語り、「ラテン語の勉強とは、平凡な頭脳を勉強に適した頭脳へと活性化させ、思考体系を広げてくれる」とラテン語の勉強の魅力を語る。
「何かを学び始めるときにはそれほどの大義名分は必要ない」と言い添えることも忘れない。「できる人と思われたい」といった軽い気持ちでも、学び始めるのはいいことだと受講者の背中を押していく。
語る間に160にも及ぶラテン語動詞の活用表が出てきたり、レオナルド・ダビンチが30代でラテン語を猛勉強したエピソードが出てきたり、語学的側面から歴史や哲学の話題まで、ラテン語を出発点に広がる豊富な話題に思わず引き込まれる。他校の学生や教授から一般の人までが聴講に来て大評判になった名講義というのもうなずける。
学びや生き方への洞察も
こんな調子で28講、それぞれの章タイトルに「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に返しなさい」「与えよ、さらば与えられん」などのラテン語の名言をいただいた講義が次々と語られていく。
語源から見えてくるインドや東洋とラテン世界のつながり、名言が映し出す国際社会のルールや最近の自国主義の台頭の背景……ラテン語やその背景となる古代・中世のローマ世界を縦横に語りながら、その折々に学びへの向き合い方や生き方への洞察が示されるのが読みどころだ。
「何かで話題になったのか、先月下旬に立て続けに売れたので注目した。今は追加注文の入荷待ちで、入ったら確実に伸びそう」と店舗リーダーの河又美予さんは期待する。ラテン語というちょっと高尚に見える教養に触れながら、学びや仕事への気持ちを励まされる感じがビジネスパーソンの心に響くようだ。
ANA本や稲盛氏の遺著が上位に
それではランキングを見ていこう。今回は10月の月間ランキングを紹介する。
1位は人気のユーチューブ講演家がコミュニケーションの極意を説いた本だ。2~5位には3位の定番の業界研究ムックの最新版を除いて、これまで本欄の記事で紹介してきた本が並んだ。2位が10月上旬に「ANA苦闘の1000日に密着 未曽有の危機にどう動いたか」で紹介した企業ドキュメント、4位が「カリスマ稲盛和夫氏の遺著 次代につなぐ経営の12カ条」で紹介した稲盛氏の経営書、5位が「内向型が力を発揮する方法 自身の経験を詰め込み伝授」で紹介した本だ。今回取り上げた教養書は17位だった。
(水柿武志)