デロイトが新人に贈る本に込めた「大いなる反省」
社会人1年目の課題図書プロフェッショナル像だけでなく、キャリアパスに関しても「物差しは一つだった」と長川さん。理想のプロフェッショナル像に向かって成長していれば職位は上がるが、それが無理なら出ていってもらって構わないーー。いわゆる「アップ・オア・アウト」(昇進するか、そうでなければ退社するかというコンサル特有の組織文化)の風土の下でやりがいを感じる人がいる一方、燃え尽きたり、自信を喪失したりして、自ら去っていくメンバーも少なくなかった。
「結果として離職率は常に15%超。3年前にエンゲージメントを調査した際には、『満足して働けている』と回答した割合が54%にとどまりました。これまでは、プロ集団である以上、ある程度厳しい職場環境になるのは仕方がないとの認識だったのですが、ちょっと待てよと。これだけ世の中の価値観が多様化し、我々はビジネスモデルのイノベーションを提案する立場にいるのに、どこを切っても同じタイプのタレントしかいないモノカルチャーでいいのだろうか。経営者がコンサルティングを依頼するのはここぞという勝負どきであり、期待を込めて『前回の担当者にまたお願いしたい』と指名してくださることも多いのに、『その者はもう辞めてしまいました』でいいのだろうかと反省したのです」

強みを引き出す人材育成に転換したと語る長川さん
そこで打ち出したのが「クライアントファースト」から「メンバーファースト」への大転換だった。働く人一人ひとりのウェルビーイング(幸福感)を最優先にすることこそが、良いチームを生み、革新的なサービスを生むという考え方だ。新人の育成も、課題を指摘して改善を求める「ダメ出し型」ではなく、それぞれの「強み」を伸ばし、個性を引き出す方向に転換した。入社後3カ月間にわたる研修「ブートキャンプ」で、『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう』の診断テストを使って強みを自己認識してもらい、具体的にどんな場面でその強みが生きるのか、先輩社員がエピソードを紹介。伝え方にも工夫を凝らしている。
「多くの新人には、コンサルタントなのだから『戦略性』や『分析思考』、『目標思考』のスコアが高くないといけないという思い込みがあり、『コミュニケーション』や『社交性』など他のスコアが高い人はガッカリしてしまうのです。そんな時は『我々の仕事は、分析や戦略を理路整然と提示することではない。経営者があすからぜひ実践したいと思えるように伝えることが大切なんだ。そういう場面でコミュニケーションの強みが生きるんだよ』とある種の『翻訳』をしてあげます。強みは単に認識するだけでは不十分。自分自身で言語化できるようにサポートしてあげることで初めて自信を持てるようになります」
「超人」ロールモデルからも脱却
キャリアパスに関しても、提案から資料作り、プレゼンまで1人で完璧にこなす「超人」を唯一のロールモデルとせず、得意な分野に特化して強みを伸ばしていく新たなパスを作った。分野ごとに評価の物差し自体を多様化させる取り組みも、現在進めているという。
強みにフォーカスする人材育成を始めて3年。エンゲージメント調査で「満足して働けている」と回答した割合は54%から70%超に上昇し、離職率は15%超から10%を切るまでに低下した。長川さんは「コロナ禍で失職不安が高まっている影響がないとは言えない」としつつ、かなりの手応えを感じている。これまでコンサル業界では3、4年で専門性を身につけると転職するケースが多かったが、「最大限のサポートをするので、ぜひ長く働いてほしい。ゆくゆくはコンサルタントも医師、弁護士と同じように一生かけて取り組む仕事として認識されるようにしたい」と力を込める。
「コンサル業界も随分、優しくなったんですね」。そう水を向けると長川さんは「社内でも厳しい環境をサバイブしてきた40代以上のメンバーから『甘やかし過ぎじゃないのか』と言われることもあります」と苦笑した。