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デジタルトランスフォーメーション(DX)への対応を迫られる中で急速に存在感を高めている「リスキリング(学び直し)」。そもそもなぜ必要とされているのか。企業や個人にとってどのような恩恵をもたらすのか。リスキリングの必要性が高まった背景を紹介するとともに、企業と個人それぞれにとっての必要性やメリットについてまとめた。

リスキリングの必要性が高まった背景

リスキリングの必要性がここにきて高まった背景を語る上で、「技術的失業」「DXに伴うスキルギャップ」「新型コロナウイルス」の3つのキーワードは外せない。

AIなどの台頭による"技術的失業"への危機感

「技術的失業」とは、大きなイノベーションの広がりに伴い、旧来の技術やスキルが通用しなくなり、職業そのものがなくなることを指す。

例えば、電話。音声通話の普及でモールス符号を受発信するモールス通信士の仕事は消滅した一方、電話の話し相手同士を接続する電話交換手という新たな職業が生まれた。さらに電話の自動交換機が発明されたことで、電話交換手も不要となった。イノベーションによって古い仕事が失われ、新たな仕事が生まれることを示す典型だろう。

世界経済フォーラム(WEF)が2020年にまとめた「仕事の未来レポート2020」によると、ロボットやAIなど新たな技術が進化・普及することで、25年までに世界で8500万人が職を失うと予測する。

レポートでは25年までにニーズが高まる職種、そしてニーズが低くなる職種についても紹介。データアナリストや人工知能(AI)・機械学習スペシャリストなどの需要が高まる一方、データ入力や秘書、会計事務といった職種のニーズが低くなるとしている。

さらに同レポートでは競争力の高い企業として生き残るには、現在の従業員のリスキリングやスキル向上への投資が条件となると提起。失業のリスクに晒される分野への企業や政府の支援が必要と指摘する。

イノベーションがもたらす「技術的失業」の状態への危機感が、リスキリングの必要性を高めていると言えるだろう。

DX分野への人材育成・配置ニーズの高まりとスキルギャップ

技術的失業が急増する一方、WEFの同レポートではAI分野をはじめとするデジタル分野を中心に9700万人分の新たな仕事が生み出されると予測している。

実際、企業や組織ではデータアナリストやエンジニアなどデジタル関連分野の人材を積極的に採用したり、配置転換などで人員を厚くしたりするなどの動きが加速している。

JR西日本はデジタル人材を確保・育成する新会社を10月に立ち上げ、高度な専門技術を持つ人材の獲得に本腰を入れる。三井住友銀行は24年に実施する25年入行の採用活動で、デジタル関連の仕事に携わるコースの採用数を24年予定の14人から数十人規模に増やす。

【関連記事】
・JR西日本、デジタル人材獲得へ新会社 25年度末に150人
・三井住友・三菱UFJ、新卒で専門人材育成 採用枠拡大へ

将来性が高い成長分野であるDX関連の人材ニーズが急速に高まる中、企業・組織ではDX人材そのものの絶対数が不足。採用で補う必要が生じている。

採用で賄いきれない分は配置転換など内部人材での対応が求められるが、デジタル関連の部署に配置転換をするには既存のスキルでは不十分な状態のことが多い。三菱総合研究所はリスキリングなどの対策を講じてもなお、国内の雇用のミスマッチが30年に450万人にのぼると試算している。

このスキルギャップを埋める解決策として、成長分野であるDX・デジタル関連を中心とするリスキリングの必要性が高まっている形だ。

【関連記事】
・リスキリング(学び直し)とは 新たな技能で生産性向上

コロナに伴う価値観の変化

新型コロナウイルスの感染拡大によってビジネスパーソンをはじめとする働く人間の価値観が変化したことも、リスキリングの必要性を高める大きな要因となっている。

コロナによる不確実性が高まるとともに、イノベーションで技術的失業も加速する中、人々はたった一度しかない人生をよりよく生きたいという価値観のもとに、リモートワークやワークライフバランス、安全な労働環境などが実現できる仕事や会社を選ぶといった形だ。

WEFのクラウス・シュワブ会長は、コロナによって人々の根幹が揺るがされる様子を「グレート・リセット」と表現。世界の経済システムをウェルビーイング(心身の健康や幸福)を中心に考え直すべきだと指摘する。

こうした価値観の変化に対応するため、企業や組織は働き方の改革を進めるとともに、実際の解決策の一つとして、デジタル関連を中心とするリスキリングの必要性が高まっているとも言えるだろう。

企業にとってのリスキリングの必要性とは?

企業・組織にとってのリスキリングの必要性やメリットは、具体的にどんなものがあるのだろうか。

業務効率化や生産性向上につながる

DX分野を中心にリスキリングをした人材が新たな部署で活躍することで、既存の業務のデジタル化や自動化、機械との分業やデータ活用など、企業・組織の業務効率化や生産性の向上につながる可能性が高まる。多くの企業・組織が経営の視点で重視しているメリットだ。

新規事業やイノベーションの創出が期待できる

リスキリングによってデジタルという新しい分野に関連する知識やスキルを身につけた人材は、既存の企業・組織の人員や体制では生じなかったシナジーを創出し、企業や組織の新たな柱となる事業やイノベーションを生み出すことが期待できる。

これまで見えなかった既存事業の新たな価値を掘り起こしたり、既存のアセットにデータ分析やAIの活用などデジタルに関する知見を掛け合わせることで、これまでにない事業成長や新規事業の創出が生まれる芽がもたらされるだろう。

コストを抑えてDX人材不足に対応できる

企業や組織にとってリスキリングはコストを抑えて人材不足に対応できる手段でもある。

DXの重要性の高まりとともに、デジタルに関する知識やスキルを有する専門人材の獲得競争は激化しており、企業や組織の採用コストも上昇している。

実際、マイナビが実施した「中途採用状況調査2023年版(2022年実績)」によると、人材紹介や求人広告といった22年の中途採用にかかるコストは1社あたり平均574万円で、前年に比べ90万円ほど増加した。もちろん、採用コストをかけても必要な人材が必ず集まるわけではないし、育成には時間もかかる。

一方、既存の従業員のリスキングであれば、会社の事業や文化への理解がある前提で最適な機会提供や人員配置を検討できる。新規の採用に比べて費用や時間を抑えられるはず…という考え方だ。その意味においてリスキリングは人的資源戦略の一環とも捉えることができる。

従業員満足度の向上につながる

新たな知識やスキルを身につけて新しい業務に生かすリスキリングの営みは、従業員一人ひとりが企業や組織から業務として学びの機会の提供を受ける形となる。

もちろんやり方次第だが、学びにより新たな業務遂行が可能となったり重要な役割を担ったりすることで能力向上や給与アップが実現できれば、従業員の満足度向上につなげることができるだろう。

企業の文化を一定維持しながら存続できる

リスキリングの機会を既存の従業員に提供することは、単純に人材不足を補うだけではない。

企業や組織の文化・カルチャーへの理解がある従業員がリスキリングを受けた上で活躍の場を広げていくことで、個々の企業・組織が持つ特有の風土やカルチャーの良い部分を一定維持しやすくなることにもつながるだろう。

企業に文化・カルチャーは求職者や既存の従業員がそこで働く重要な要素となり得るだけに、企業にとってのリスキリングの必要性は高い。

一方で社員の転職リスクは高まる

リスキリングが企業にとって恩恵となる一方、適切なリスキリングの機会提供ができなかったり、リスキリングで習得した知識やスキルが生かせるあらたな業務や部署を用意できなかった場合、従業員の離職・転職リスクは高まるだろう。

リスキリングの取り組み失敗で離職が多発すれば、新たな採用コストの増大はもちろんのこと、業務遂行に必要なノウハウが継承できなかったり、最悪の場合、事業を存続するための人員不足に陥ったりする可能性もゼロではない。

企業や組織が失敗しないリスキリングを進める上で、現状分析やプランニングは極めて重要と言えるだろう。

個人にとってのリスキリングの必要性

個々のビジネスパーソンにとって、リスキリングにはどのようなメリットや必要性があるのだろうか。

キャリアの棚卸しができる

個々人のリスキリングのプロセスは、まずこれまで自身が経験してきた仕事や身につけたスキル、歩んできたキャリアなど自分自身についてさまざまな角度から振り返り、興味関心や得意分野などについて現状分析するところから始まる。

これまで腰を据えて考える機会が少なかった「キャリアの棚卸し」をリスキリングのプロセスの中で実行することができるだろう。

これまでの経験を踏まえながら新しいことに挑戦できる

リスキリングでは、これまでの経験をすべて捨て去るわけではない。キャリアの棚卸しを経て自分自身を最も生かせる方向性を踏まえつつ、新たな知識やスキルを身につけるための学びを始めることができる。

これまでの自分を否定するのではなく、経験と新しい知識・スキルを掛け合わせることで新しい業務や分野に挑戦し、活躍できる扉が開くことになる。

社内での職位向上・収入増が期待できる

リスキリングによって新しい知識やスキルを習得した上で新たな業務や事業に取り組むことで、企業や組織としての生産性の向上や業務の効率化、さらには新事業の成功といったさまざまなポジティブな成果を生み出す可能性が高まるだろう。

実際に成果を残すことができれば、リスキリング前に比べ社内・組織内での職位の向上や年収増につながり、自己達成感や満足度の向上も図ることができるはずだ。

転職によるステップアップも視野に

一方、企業や組織によって機会提供されたリスキリングではあるものの、リスキリングによって身につけた新たな知識やスキルを生かす適切な業務や職場がない場合、身につけた知識やスキル必要とする別の会社への転職も視野に入るだろう。

リスキリング後の業務で大きな成果を上げることができれば、さらなる年収増を図るためのステップアップにもつながるかもしれない。

リスキリングとは?

そもそもリスキリングとは何を指しているのか。ここ数年で急速に注目度が高まり使われ始めた言葉だけに、リスキリングという言葉の捉え方はさまざまだ。

リスキリングの定義

例えば、リクルートワークス研究所が20年にとりまとめた報告書によると、英語でリスキリング(Reskilling)は「職業能力の再開発、再教育」を意味する。だが、最近は企業のDX戦略に伴い新たに生まれた、デジタルに関するスキル習得や再教育を指すことが多いとされる。

リスキリング支援を手がける組織のジャパン・リスキリング・イニシアチブは、リスキリングを「新しいことを学び、新しいスキルを身につけ実践し、そして新しい業務や職業に就くこと」と定義。スキルを生かした新たな業務や職業に就くところまでをリスキリングの領域としている。

さらに、IBMが19年に発行したリスキリングに関する調査レポートによると、リスキリングとは「市場ニーズに適合するため、保有している専門性に、新しい取り組みにも順応できるスキルを意図的に獲得し、自身の専門性を太く、変化に対応できるようにする取り組みをリスキリング=Re-Skillingという」としている。

これらの資料や文献を読む限り、細かなニュアンスの違いはあるものの、リスキリングとは「企業・組織内のビジネスパーソンが業務で必要とする新たな知識やスキルを学び直すこと」であり、特に「DXに伴い生じたデジタル人材育成のための学び直し」という意味合いが現代においては強い。

リスキリングが注目を集めた背景

リスキリングに注目が集まったきっかけは、18年に開かれたWEFの年次総会(ダボス会議)にさかのぼる。その年から3年連続で「リスキリング革命」をテーマとしたセッションを開始したことが、世界各地でリスキリングに注目が集まるきっかけとなった。

政府の"骨太の方針"にも明記

国内では政府が閣議決定した経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)にリスキリングを明記したことで取り組みへの注目が一気に加速した。目玉に据えた三位一体の労働市場改革の柱の一つとして、リスキリングを掲げている。

他の用語との違い

「リカレント教育」「アンラーニング」「スキルアップ」など、類似した言葉とリスキリングにはどんな違いがあるのか。

リカレント教育とリスキリングの違い

「リカレント教育」は、学校教育を終えた社会人が個々人のタイミングで仕事に必要な知識やスキルを得るために一旦仕事を離れて大学などの教育機関で学び直し、再び仕事に復帰する営みを表す。

リカレント教育では、教育機関で学び直す間は休職・退職などで仕事から離れ、学び直しを終えたのちに再び仕事に就くことが世界では一般的だが、日本の場合は休職・退職を伴わない場合も多い。

"学び直しを求める主体"は、リスキリングとリカレント教育で大きな違いがある。

リスキリングはDX戦略などに基づく人材開発の一環として企業や組織が主体となって学び直しの仕組み自体を構築し、その青写真に基づき自社内や組織内のビジネスパーソンに学び直しの機会を提供するのが一般的だ。

一方、リカレント教育は仕事におけるスキルアップを念頭に、個々人の営みとして大学などの教育機関に通うなどして行うものであり、学びを求める主体があくまで個人となる点がリスキリングと異なる。

アンラーニングとリスキリングの違い

アンラーニング(アンラーン)は英語で「忘れる、念頭から払う」という意味を持つ言葉で、「既存の知識・スキルを仕分けて新たなものと入れ替える」「新たな知識・スキルを取り込むために使わなくなったものをあえて捨てる」といった意味合いがある。

リスキリングは新しい知識やスキルを学ぶ方に主眼がありますが、アンラーニングは既存の知識・スキルの仕分けや入れ替えに眼差しが置かれている。ただ、リスキリングの過程で既存の知識を仕分けて新たな知識を取り入れる場面が生じる可能性もある。いずれの言葉も相互に関連していると言えるだろう。

アップスキリング(スキルアップ)とリスキリングの違い

リスキリングと、能力向上を実現することを意味する「スキルアップ(アップスキリング)」は、学びの内容の面で微妙に差異がある。

企業・組織が用意するリスキリングの機会を活用し、新たな業務に就くための新たな知識やスキルを身につけるリスキリングに対し、スキルアップは既存の業務や能力をさらに向上させるニュアンスが強い。

リスキリングと他の用語との違いについては下記の記事でもまとめている。

「リカレント教育、スキルアップ、アンラーニング」リスキリングとどう違う

まとめ:経営に資する取り組みとして必要性が高まるリスキリング

DXへの対応やAIなど新技術の台頭を背景に、企業や組織は生産性向上や新たな事業の創出など経営に資する取り組みとしてリスキリングの必要性が高まっている。

企業・個人の双方にとって必要性が高まりメリットも大きい一方、企業・組織が適切なリスキリングの機会が提供できなかったり、リスキリング後の業務に生かせなかったりすると単にリスキリングの失敗というだけでなく人材流出や事業活動の停滞といった事態も招きかねない。

リスキリングのメリットをしっかりと享受するためにも、リスキリングに取り組むにあたって企業や組織が現状分析や適切なプランニングを丁寧に行う必要があるのは間違いないなさそうだ。

(ライター 日影耕造)

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