五輪金目指す女子バスケ新監督 ワクワク引き出す指導
バスケットボール女子日本代表ヘッドコーチ 恩塚亨氏(下)
キャリアの原点マインドセット次第でこうも変わるのか
そこから選手への接し方を変えたところ、「マインドセット次第でこうも変わるのかと驚いた」という。それが、恩塚氏が監督を辞める21年までのインカレ5連覇という驚異の結果につながった。

監督を務めた東京医療保健大学は21年、インカレ5連覇を飾った
恩塚氏は今も年間300〜400冊の本を読む。ただでさえ多忙な毎日を送っていて、どこにそんな時間があるのかと思うが、テレビは見ないし、ネットに時間を使うことも最低限にしているらしい。そうした真摯に学び続ける姿勢や、選手の人生に寄り添い、徹底的にサポートするという立ち位置には、2人のキーパーソンの存在も大きく関係しているという。それは渋谷教育学園理事長の田村哲夫氏と、長男で現在、同学園幕張中・高の校長を務める田村聡明氏だ。
「田村哲夫先生は、教養で人はこんなにも偉大になれるのか、というのを体現している方。僕が渋幕にいた頃、職員会議や研修でいろいろなお話を聞きましたが、視点も口調も素晴らしかったですし、86歳の今も勉強を続けておられます。聡明先生は、僕が大学でバスケ部を作ろうと前のめりになっていた時も、常に穏やかに話を聞き、親身になってアドバイスをしてくださいました。部下を心から信頼して向き合う姿はまさに理想の上司。その信頼関係があったからこそ、僕はバスケ部を日本一にして聡明先生を胴上げすることを目標に、頑張ってこられたんです」
インタビューでは自身の人生に影響を与えたキーパーソンの名前がいくつも挙がったが、日本代表のヘッドコーチだったトム・ホーバス氏ももちろんその1人だ。同氏から学んだのは、「なりたい自分を設定する時に差し引かないこと」だったという。
日本社会全体に一番欠けているのは…
「ホーバスさんは、17年にヘッドコーチに就任した時『東京オリンピックで金メダルを取る』と、選手たちの前で明言しました。外国選手に比べて圧倒的に身長は低いし、これまで金メダルなんて取ったこともない。できない理由はいくらでも挙げられますが、そこを見るのではなく、強みにフォーカスし『どうやったらできるか』という視点でみんなを導いてくれました。その視点こそが一番大事で、日本のバスケット界、ひいては日本社会全体に一番欠けているものだと思うのです」
ホーバス氏からヘッドコーチの座を引き継いだ今、恩塚氏が意識しているのはピーター・ドラッカーの「問題に目を奪われて、機会を見失うことがあってはならない」という言葉だという。
恩塚氏によれば、「○○が問題だからそれを解決する」という考え方だと、そもそも自己否定が入っているし、「義務感」に追われてしまう。そうではなく、自分たちのなりたい姿に引っ張られると「使命感」が出てきて、内から湧き出るエネルギーで前に進むことができる。
そうした考え方がバスケのように多くの人が見ているスポーツの世界で広がることで、「日本の社会全体にインパクトを与えられるのでは」と話す。
就任会見ではパリ五輪で金メダルを狙うと宣言した。その裏には、「チームの挑戦の仕方を通して、日本のスタンダードを変えていく」という強い気持ちがある。
「それができた時にバスケットで日本を元気にできる。夢や希望を残していける。究極の目標はそこです」
そう話す声は弾んでいた。
(ライター 石臥薫子)