変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

差別に負けず生きていくために資格取得

学部時代に機械工学と音楽を学んだ貴田氏は、その後大学院に進み、公認会計士資格と経営学修士(MBA)を取得する。選択に際しては、アジア人として、またLGBTとして差別に負けずに生きていくためには、身を守る資格が必要だという父のアドバイスがあったという。

大学院修了後、就職先に選んだのは世界4大会計事務所の一つ、EY(アーンスト・アンド・ヤング)。貴田氏いわく「ここしかないと思った」。EYはLGBTへの差別を禁止する条項が社のポリシーに書き込まれている唯一の会計事務所だった。しかし就職時点では、ゲイであることは隠していた。96年当時でも、カミングアウトしただけで職場から解雇されたといった話はそこかしこにあり、リスクを回避するにはやむを得なかった。

入社後は、公認会計士として着実に実績を積み上げ、やりがいを感じていた。その一方で、自分のセクシュアリティーを隠していることに悩み続けた。

「週明けのオフィスでは『週末はどうだった?』というのが挨拶代わりで『私はどこそこに行って、こんなことしたけど、あなたは?』と聞かれるのですが、なかなか正直に答えられませんでした。日本人のお客さまとの雑談の中でも、私が結婚指輪をしていないと『もし結婚を考えているのなら、いい人をご紹介しますよ』と言われ、返答に困ることもありました。ほとんどの会話が、相手が異性愛であることを前提に進むので、直接セクシュアリティーについて話しているわけではなくても、まともに答えようとすると触れざるを得ないんです。でも相手は何気なく聞いているだけ。わざわざ触れることで気まずい雰囲気にさせてしまうのではないかとか、あれこれ考えてしまって、そういう会話が苦痛でした」

自分のことをオープンに話せない苦しさや、差別されるのではないかという心配だけでなく、同僚や会社に迷惑がかかるのではないかという恐怖が、カミングアウトを思いとどまらせていた。

「私個人が何かの不利益を被るのは、そういう社会なのだから仕方がないと割り切ることができます。でも、もし私がカミングアウトすることでEYのサービスを打ち切られるとか、同僚にもネガティブな影響があるとしたら、私には責任が取れない。一番苦しかったのはそこです」

「ありのままを伝えてくれて、ありがとう」

しかし入社9年後、経営幹部候補生になったと知った時、カミングアウトを決意した。リーダーが自分の考え方や価値観をオープンに語ることなしに、部下や仲間を励まし、チームを率いることはできないと考えたからだ。セクシュアリティーを隠していたから昇進したと自分自身が負い目を感じるのも嫌だった。

真実を告げて解雇されるのならそれでも構わないと覚悟を決め、カミングアウトした。返ってきたのは予想以上に好意的な反応だった。「ありのままを伝えてくれて、ありがとう」というメールや「これで真のリーダーになれるね」という上司からの励ましの言葉が胸に響いた。そこから、LGBTのメンバーが働きやすい制度設計や、社内のLGBT当事者と当事者を支援する「アライ(Ally)」のネットワークづくりに積極的に関わるようになる。

英国人のパートナーと2014年に米国で同性婚している(19年、米モンタナ州ホワイトフィッシュ湖で)

英国人のパートナーと2014年に米国で同性婚している(19年、米モンタナ州ホワイトフィッシュ湖で)

2007年にはパートナーに昇進。監査のほかにM&A関連の仕事も手がけ、10年にはロンドンに赴任し、米国市場に上場する企業の支援など仕事の幅を広げていった。さらにプライベートでは、後に伴侶となる男性とも巡り合った。

後半では、同性婚が認められていない日本に帰国するまでの葛藤や、LGBT当事者、経営者として貴田氏が日本の現状をどう見ているのか紹介する。

(ライター 石臥薫子)

新着記事

Follow Us
日経転職版日経ビジネススクールOFFICE PASSexcedoNIKKEI SEEKS日経TEST

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック