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「愛犬にフラペチーノ」見て絶望感味わう

ある日、妻と東京・四谷3丁目のスターバックスに入り、1杯のドリップコーヒーを分け合って飲んでいた。家にいると気がめいる。たとえコーヒー1杯でも、店に行くことで社会とのつながりを保ちたかった。しばらくすると、愛犬をベビーカーに乗せた裕福そうな老婦人がやってきて、自分たちにはとても手の出ない価格のマンゴー・フラペチーノを注文した。そして受け取ったフラペチーノを愛犬の口元へと持っていった。

「衝撃でした。この犬は飼い主からこんなにも愛され、必要とされている。それに比べて私は、MBAを取っても無職。自分は世の中から必要とされていないという事実を突きつけられたような気がして、絶望感に打ちのめされました。お金がない以上にそれがつらかった」

このフラペチーノ事件の翌月、貯金が8万円を切った頃、待ちに待った内定通知を受け取った。「間一髪、助かった」と安堵したものの、内心は複雑だった。内定したのはマッキンゼー・アンド・カンパニー。当時はコンサルといえば長時間労働が当たり前だった。大切な家族との時間を守るために財務省を辞めたのに、再び長時間働くことになれば、元の木阿弥になる。

実際に働き始めてみると、仕事が終わるのは日付が変わるころで、長時間であることには変わりはなかったが、午前3、4時だった財務省時代に比べれば、「断然、ラクだと感じた」。プロジェクトの合間には1週間ほどの休みを取って、家族と過ごす時間を確保できるのもよかった。

入社から1年半後には、ニューヨークオフィス勤務となり、ウォール街の機関投資家の資産運用サポートを担当するようになった。収入は跳ね上がり、ファーストクラスやスイートルームにアップグレードされるのが当たり前になった。フラペチーノ事件などまるでなかったかのようなVIP待遇に有頂天になった。

しかし、やがてその生活にもどこかむなしさを感じ始める。家族を置いてきぼりにして、週に4日は出張し、だだっ広いスイートルームにひとりぽつんといる自分。これを「幸せ」と言えるのだろうか――。

妻の実家の金融資産に大きな驚き

妻(左から2人目)とその両親と。両親から資産運用報告書を見せられたことが起業のきっかけになった(左端が柴山氏)

妻(左から2人目)とその両親と。両親から資産運用報告書を見せられたことが起業のきっかけになった(左端が柴山氏)

そんな自問自答を繰り返していた頃、クリスマス休暇でシカゴ郊外の妻の実家を訪ねた。

そして妻の両親から「ウォール街で機関投資家のサポートをしているのなら、私たち家族の資産もみてほしい」と言われ、プライベートバンクの資産運用報告書を手渡された。中身を見て仰天した。そこには、普段の質素な暮らしぶりからは想像もできない数億円の金融資産が記されていた。

なぜサラリーマンだった妻の両親は、同じく日本でサラリーマンをしていた自分の両親の10倍近い資産を保有しているのか。聞けば、日本の両親がコツコツと貯金を続けていたのに対し、妻の両親はまだ資産が100万円にも満たない若い頃から、会社の福利厚生でプライベートバンクの資産運用サービスを利用していた。妻の両親の金融リテラシーが日本の両親より高かったわけではない。だが20年以上にわたり、富裕層と同じ「長期・積立・分散投資」という基本を守り続けてきたことで、これだけの差が生まれている。

この時に受けた衝撃が、ウェルスナビ創業の原点となった。

「今の日本に、誰もが安心して利用できる資産運用サービスがないのなら、自分のこの手で作りたい。資産運用を富裕層や金融リテラシーのある人だけのものとせず、普通の働く世代が気軽に使えるように『民主化』したい。『自分がやりたいことはこれだ』と確信しました。マッキンゼーでは仲間にも恵まれ、待遇も申し分ありませんでしたが、どんなキャリアもポジションも、自分がやりたいことをやる手段であって、目的ではありません。私にとっての新しい目的が見つかった以上、それをやらない手はない。もし失敗しても、マッキンゼーでの経験があるので、さすがにフラペチーノ事件の再来はないだろうと考えました」

財務省時代の上司も、マッキンゼーの上司、日本支社長も起業のアイデアに賛成してくれた。だが、誰よりも力強くその背中を押してくれたのは、妻だった。

「あなたは日本社会の抱える課題をよくわかっていて、その領域の経験や知識も十分に持っている。あなたがやらなくて、他に誰がやるの?」

そうして2015年4月、ウェルスナビが誕生した。

創業から7年。事業は大きく成長したが、変わらず大切にしてきたことがある。それは「ものづくりする金融機関」であることと、あらゆる意味で「サステナブルである」ことだ。

「ものづくりする金融機関」とは聞きなれない言葉だが、どういう意味か。それは、多くの金融機関がサービスの基本設計までは社内で行い、具体的なシステム構築やプログラム開発などは外注するのに対し、ウェルスナビは最初から最後まで一気通貫で内製することを指す。従業員の約半数はエンジニアとデザイナー。だから顧客からのフィードバックに素早く反応し、サービスを改善できる。そのこだわりは、柴山氏自身の経験から生まれた。

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