読書離れに挑む東大生ベンチャー 筑駒の先生がヒント
Yondemy 代表取締役・東京大学経済学部4年 笹沼颯太さん
チャレンジャーそう問うと「実は僕、高2までは理系だったんです」と笹沼さん。「理工系だと研究成果が世の中で役に立つまでのスパンが何十年と長い。その点、ビジネスはアイデアが世に出て役立つまでのスパンが短く、性に合っている」と考え、文転したのだという。だからもともと数学は得意。経済学部で統計学も学んでいた。さらに健康管理アプリのFiNCテクノロジーズ(東京・千代田)でインターンをしており、AIについても知識があった。
手始めに取り組んだのは独自のデータベース作りだ。メンバーで手分けして300冊近い絵本や児童書を読みこみ、ジャンルや難易度、主人公の性格、本が発するメッセージなどを細かく分析した。さらに自分たちの選書ノウハウをアルゴリズムに落とし込み、その有効性を試すために「東大生が無料で読書の家庭教師をします」という触れ込みで、6人の子どもにモニターになってもらった。最初は対面で、次にZoomなどオンライン方式のレッスンにしてみたところ、反応は上々。筑駒の同級生だった東大工学部の武川聖宗さんをCTO(最高技術責任者)に迎え、本の難易度の指標作りとAI開発を本格化させた。
AI研究の松尾教授も出資
開発と並行して投資家を回り始めた。ところが新味を求める投資家からは「少子化が進む中で教育事業には将来性がないのでは?」「プログラミング教育花盛りの時代に、今さら読書?」など厳しい言葉を突きつけられた。ようやくアポが取れたのに「教育分野には興味がない」と3分で面談が終わってしまったことも。だがそこで諦めなかったのは、広告をしていなかったにもかかわらず、口コミでユーザーがどんどん増えていたからだ。
最終的に1000冊以上の児童書のテキストデータと独自のアルゴリズムを掛け合わせた「AI司書ヨンデミー先生」が完成。起業から8カ月後の12月にサービスをローンチした。21年11月現在、累計ユーザーは1500人超(無料体験を含む)。継続率は消費者向けのサービスとしては驚異的に高い9割超だという。

VCや松尾教授(写真後列の左から2番目)などが出資=ヨンデミー提供
ユーザーからは「子どもが本を好きになった」というだけでなく、想定以上の反響があった。「寝る前に家族みんなで静かに本を読む時間が生まれた」「子どもが仲良くする友だちが変わり本をお薦めし合っている」など、親子や友人との関係でもポジティブな変化が起きていた。
ユーザー数の増加と反響の良さ、継続率の高さが1億円の資金調達を可能にした。資金は、動画コンテンツなどの教材拡充や保護者向けアプリの開発、組織拡大を見据えた人材の採用などに活用する予定だ。AI研究の第一人者として知られる松尾豊・東大教授も出資しており「子どもの読書を増やすという、大変難しく重要なテーマへの挑戦を応援している。笹沼君と優秀な仲間たちの熱意とスピード感、学習能力の高さで魅力的なサービスを作り上げている」としてさらなる成長に期待を込める。
「今、子どもたちにはプログラミングや英語など様々な能力が必要されていますが、どんな勉強も基本は本を読むことから始まりますし、本を読めるか読めないかで将来の可能性まで違ってきます。僕自身がいきなり起業して経営者ができているのも、これまで多くの本を読んできたからだと思います。子どもの読書量と親の読書量とは相関関係がかなり強いことはデータでも示されています。だからこそ僕たちは家庭の格差や地域の格差に関係なく、日本中の子どもたちに読書教育を届けたいのです」。そう語る笹沼さんはすっかり経営者の顔をしていた。
ヨンデミーの運営に関わるメンバーは17人にまで増えた。22年春に卒業する笹沼さん、武川さんは事業に専念し、理系メンバーの多くは大学院に進みながら同社での仕事を継続する予定だ。ユーチューブにゲーム、SNS(交流サイト)と子どもたちの時間を奪い合うライバルはどれも強力。高い志を掲げた挑戦は始まったばかりだ。
(ライター 石臥薫子)