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報道発表にあたって、まずは「ニュースの見出しに欲しいこと=プレスリリースの狙い」を整理します。この場合は、倒幕を画策していた薩長に対し先手を打って、実質的に幕府体制を維持するため、好意的な世論を形成することにあります。従って「大政奉還」というポジティブなワードを見出しで躍らせることが、何が何でも必要となります。

こうした考え方で、見出しと最初の一文は「幕府が大政奉還した」というファクトをコンパクトにまとめます。その後の段落では、大政奉還した理由、そしてどのような新体制になるのかについて、メリットを強調しながら説明します。

最後の段落では、今後の政治体制に幕府が関わっていくことの妥当性を書いていますが、ここの表現が一番神経を使うところです。史実として、将軍慶喜はこの時点では辞職しておらず、大政奉還後も徳川家を中心とした国家体制を維持する考えでした。しかしリリースではその点にはあえて触れず、あくまで幕府が国政に関与することのメリットを強調しました。

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このように、著者は江戸幕府の広報担当として、プレスリリースの狙いと中身を詳しく解説していく。さらに本文はこの後、緊急記者会見の対応へと続く。「将軍は辞職しないのか?」「政治運営ではなく、既得権益を手放したくないのでは?」「薩摩と長州が武力に訴えてきた場合、どう対抗するのか?」といった記者からの鋭い質問に対して、まさにぎりぎりの回答例を示す。だが、最終的には倒幕派のほうがコミュニケーション戦略で幕府よりも一枚上手だったというのが、このエピソードの"オチ"である。

著者自身の日本史に対する造詣の深さは相当なものだが、本書では歴史コメンテーターで東進ハイスクールのカリスマ日本史講師として知られる金谷俊一郎氏が監修を務めた。事実関係はもとより、各エピソードの時代背景や人々の暮らしの様子、心情など幅広い観点からアドバイスを受けている。言うまでもなく、本書に登場するプレスリリース自体はどれもフィクションだが、史実に裏打ちされた表現と文章運びから著者のこだわりが伝わってくる。広報の実務書、ビジネス書、教養・エンターテインメント本など多彩な側面を持つ本書は、歴史本としても説得力のある内容に仕上がっている。年末年始の読書を楽しむのにふさわしい1冊だ。

(日経クロストレンド 酒井康治)

もし幕末に広報がいたら 「大政奉還」のプレスリリース書いてみた

著者 : 鈴木正義
出版 : 日経BP
価格 : 1,870 円(税込み)

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