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帰国後は留学で学んだ教育経済学を生かして小中一貫教育の制度設計などに携わり、2020年、神奈川県鎌倉市の教育長に就任した。

キャリア官僚は35歳前後に地方自治体、特に県に出向するケースが多いのですが、私自身は義務教育の学校を設置している市町村で現場経験を積みたいと思っていました。社会の変化がこれだけ激しくなっている時代に、国が政策を決め、それを県から市町村に下ろしていくような従来のやり方は通用しません。基礎自治体が現場で新しいことにチャレンジし、それをあとから文科省が政策的に位置付けていくという順序にしないと、子どもたちが今、本当に必要としている教育を提供できないという強い思いがありました。

そんな中、09年に鎌倉市長に当選した時は36歳だったという松尾崇市長が、新しいことにチャレンジする教育長を探していると共通の知人から聞き、実際にお目にかかっていろいろお話しした結果、オファーを受けることになりました。

就任から1年余り。教育現場と外部との連携を持続可能なものとするためのファンドの創設や不登校の児童・生徒への新たなアプローチなどに取り組んできた。

私が今、鎌倉市の教育に関して一番重視しているのは、デマンドサイド、つまり子どもの視点に立つことです。特に2つの事業に力を入れて取り組んでいます。1つ目は、子どもたちが大人になる20年後の社会で必要とされる力をつけるための仕組みづくりです。

「グローバル」「プログラミング」「SDGs」「課題解決型学習」……。私はこれらを「教育バズワード」と呼んでいますが、どれも必要なこととは言え、学校内のリソースが限られている中で「あれもしなさい、これもしなさい」と言われても、先生たちは混乱し、疲弊するばかりです。

そうした社会的要請を実現するためには、企業やNPO・NGOなど学校外のリソースとの連携が不可欠です。ところが問題は連携に使える資金がないことです。ネックになっているのは「義務教育=無償」でなくてはならないという考え方です。

もちろん、ボランティアで協力してくれる企業や組織はありますが、無償を原則としてしまうと学校側は「子どもたちのために、こういうことをしてほしい」といった要求を出しづらくなります。学校が主体性を持てない状況は、私が重視する「子どもたちの視点」から見て良いこととは言えません。そうした考えから、学校が外部とコラボレーションするための財政基盤を教育委員会が用意することにしました。これが「鎌倉スクールコラボファンド」です。

ふるさと納税の仕組みを使ったガバメントクラウドファンディングで、2020年12月からの4カ月間で目標の750万円超を集めました。ファンドにしたのは一般財源よりも持続可能性が高いためです。鎌倉とかかわりの深い大学や教育ベンチャー、NPOなどと連携する際、きちんと対価を支払う仕組みができたことで、子どもたち一人ひとりの興味関心に沿った魅力的なプログラムが生まれています。

2つ目は「かまくらULTLA(ウルトラ)プログラム」です。ULTLAはUniqueness Liberation Through Learning optimization and Assesment (学びの最適化と評価による個性の開放)の略で、不登校や学校を休みがちな子どもたちを対象にした取り組みです。私は、子どもは一人ひとり異なる学び方の特性を持っていて、その特性が今の学校という仕組みとミスマッチだった時に不登校になるのだと考えています。ですからULTLAプログラムでは、最初に一人ひとりの学びの特性を科学的手法でアセスメント(評価)し、自分に合った学び方に気づくきっかけを提供します。さらにそれを何度でも試せる多彩なプログラムや場を提供し、秘めた力が目覚めるのをゆっくりと待つのです。

振り返ると、私が岡山白陵中で文部官僚を目指した時点では、すべての人が幸せになれるかっちりとした「理想の教育」があると思っていたのですが、さまざまな経験を経て、今は子どもたち一人ひとりに目を向け、各自に合った教育を提供することが幸せにつながるのだという結論に至りました。中高時代の私のつぶやきや妄言を覚えている友人がいたとしたら、「岩岡、お前随分変わったな」と言われるでしょうね。

(ライター 石臥薫子)

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