サイバーで学んだ「傾聴」 発達障害児の可能性伸ばす
Woody社長 中里祐次氏(下)
キャリアの原点できる子・できない子、両極端の世界を経験
「成績のトップ層と最底辺層という両極端の世界を見た、というのは今にして思えばいい経験だった」と中里氏。ずっと同質的なグループに属していると、自分に見えている範囲が「常識」となり異質な人を受け入れにくくなるが、多感な時期に勉強のできる子、できない子双方のグループに属したことで、人にはさまざまな事情や価値観があり、「どんな子もユニークだ」とポジティブに捉えられる素地ができたのかもしれない。
だから長男が小1で「発達障害」と診断された時も、特に「なんとも思わなかった」という。ただ、周囲から変な子扱いされ、学校に行くのを嫌がり始めているのは気になった。不登校になって人との関わりが薄くなってしまうと、生きていくために必要な自己肯定感を高める機会を逸してしまうのでは、と心配した。
そんな時に、あるブログ記事に出合った。書き手は岡山県に住む女性で、「自分の1日を50円で売る」という活動をしていた現役東大生に、小2の息子と数学について語り合ってほしいと依頼した経緯が書かれていた。女性の息子には広汎性発達障害(自閉症やアスペルガー症候群などを含む発達障害の総称で、13年から使われている国際的な診断基準ではASDに統合されている)があるが、3歳で四則演算、4歳で素因数分解や平方根をマスターするなど数学に関しては突出した能力を見せていた。だが、幼稚園や小学校の友だちからは当然、興味を示してもらえない。親も話し相手になるべく努力してきたが、そろそろ限界なので相手をしてほしい――。そんな依頼をしたところ、実際に東大生が来てくれた。自分の数学への疑問にその場で答えてくれる、打てば響く相手と直接話ができ、息子にとって貴重な体験となったというエピソードだった。
「それを読んで、僕の息子も好きなことには並外れた集中力を見せたり、大人のような言葉遣いをしたりしていて、確かに変かもしれないけど、ものすごい可能性を秘めているんじゃないかと思えてきたんです。そこで、息子が小さい頃レゴが好きで、東大レゴ部に入りたいと言っていたことを思い出し、東大の文化祭に息子を連れて行きました」

「何よりうれしいのは、ユーザーの親子から直接聞く声」と話す
東大レゴ部の部員と語り合う息子を見て起業決意
水を得た魚のように楽しそうに東大レゴ部の部員と語り合う息子を見て、決心した。「この子の好きなことを伸ばしてあげよう」。その後、自身の事業として同じような子どもたちを支援する道はないかと考え始め、発達障害を抱える子どもの親100人近くに聞き取り調査をしてみた。多くの親は、我が子が社会に溶け込めるようにと願い、ソーシャルスキルのトレーニングなどには熱心だが、好きなことを伸ばすことに関してはその環境をどう作ればいいのかがわからず、悩んでいることがわかった。
そこで、ブログ記事と東大レゴ部訪問をヒントに、「発達障害の子どもが得意なことを、もっと得意な大人を探してマッチングするサービス」を思い立つ。16年10月、古巣のサイバーエージェントが立ち上げたクラウドファンディングサイト「Makuake(マクアケ)」で開発・運営資金を募ると、23時間で150万円が集まった。17年1月にはサービスをローンチし、同年6月にはベンチャーキャピタルのANRIやエンジェル投資家の佐藤裕介氏(当時フリークアウト・ホールディングス共同代表、現在hey社長)、作家の乙武洋匡氏らを引受先とする第三者割当増資を実施した。
現在、子どもたちに1対1で向き合う「メンター」は約60人。中里氏自ら、子どもたちの興味を聞き取り、そのテーマに詳しそうな専門家をツイッターで探して声をかけたり、大学の研究室まで会いに行ったりして探し出した。メンターには、大学院で情報工学を研究し、論理パズルや数学、ロボット、化学、生物などに精通している人、歌やウクレレ、生物観察を得意とする作業療法士などがそろっている。中里氏自身、本、漫画、アニメオタクであり、子どもたちの間ではやってるゲームなども「ほぼ全てわかります」と胸を張る。
学校や療育施設で複数の生徒を相手にしなければならない場合、指導者が1人の子だけに手をかけることは難しい。だがBranchの仕組みであれば、最初から1対1が前提なので、とことん付き合うことができる。しかもメンターはその分野のプロなので、子どもに無理して話を合わせるのではなく一緒に楽しむことができる。「活動を続けるうちに、保護者にせよ、メンターにせよ、子どもの見え方が変わってくる」と中里氏は言う。