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大御所作品と新連載の好バランス

少年漫画誌では読者アンケートを重視するところが多い。アンケートの結果を受けて、各作品の編集方針を練り直すこともある。だが、「ビッグコミック」編集部ではこういった「市場調査」に重きを置かない。「人気投票に頼るのではなく、編集者が面白いと自信を持って送り出せる作品づくりが大事。編集者には『センス・オブ・マンガ』が求められる」(中熊氏)。

中熊氏が仕掛けたスリリングな作品の1つが2012~16年に連載した「天智と天武 新説・日本書紀」(原作・園村昌弘、作画・中村真理子)だ。中大兄皇子(天智天皇)と大海人皇子(天武天皇)の愛憎を描く歴史漫画だが、「『ビッグコミック』で初めてのボーイズラブ(BL、男性同士の恋愛や関係性を描く)漫画といわれた」(中熊氏)。

静止画で構成する漫画は映画に比べて音声や動画の面で表現力に弱みを持つと思われがちだが、中熊氏は「逆手に取る方法もある」という。たとえば、現在も連載が続く、ジャズ演奏家が主人公の「BLUE GIANT EXPLORER」。動画メディアの場合、実際に音色を聞かせる必要が出てくるが、「漫画の場合、音は必要がない。音のイメージがしっかり伝わればいいから、扱える題材の幅が広がる」(中熊氏)。

漫画の世界でもダイバーシティー(多様性)や社会正義などへの目配りは従来以上に重視されている。社会全体の意識が様変わりしつつある中、半世紀を超える老舗といえども、同時代感を鈍らせるわけにはいかない。連載中の「ダンプ・ザ・ヒール」(作画は原秀則氏)では、原案を提供した女子プロレスラー・ダンプ松本の下積み体験を描き、「いじめを許さないメッセージを発している」(中熊氏)。

老舗にしては大胆とも映るテーマや題材に切り込めるのは「大黒柱がしっかりしている『ビッグコミック』だからこそ」(中熊氏)でもある。意外な切り口の新作を盛り込んでも雑誌全体のムードがぐらつかないのは、「ゴルゴ13」に代表される大御所作品が不動の安定感を保っているおかげ。基本線が保たれているので、長期連載以外の枠でチャレンジしやすいのだという。

1980~90年代にブームを迎えた、主に20~30代を読者ターゲットに据えた、いわゆる「ヤング(青年)漫画誌」は景気の低迷やスマートフォンの普及などを受けて、勢いを落とした。かつては通勤電車の中でヤング漫画誌を読む姿が珍しくなかったが、今はめっきり減った。中熊氏は「しっかりした読み応えの有無が大きかった。情報を詰め込むタイプの作品はすたれた。『ビッグコミック』が生き残った理由はそこの違いにある」とみる。

5人の大御所から始まった「ビッグコミック」が50年を超えて狙うのは、「次の大御所を見付けて育てること」だという。21年に白土、さいとうの両氏が相次いで世を去り、5人全員が鬼籍に入ったが、「ゴルゴ13」は今も雑誌の軸であり、大ベテランのちば氏も「ひねもすのたり日記」で筆をふるっている。

「空母いぶき」や「BLUE GIANT」といった、10年代に連載がスタートした作品が新たな柱に育った「ビッグコミック」は次代を担う漫画家を短期連載の形で呼び込みながら次の「ゴルゴ13」に照準を定めつつあるようだ。その取り組みには「ビッグコミック」と冠した、小学館の漫画雑誌「ビッグコミックオリジナル」や「ビッグコミックスピリッツ」の存在も大きい。

次回の後編では「ビッグコミック・ファミリー」の大人向け漫画誌「ビッグコミックオリジナル」の50年を振り返る。

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