ノーベル賞バナジー氏 「途上国にワクチン」世界救う
マサチューセッツ工科大学教授 アビジット・V・バナジー氏(上)
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マサチューセッツ工科大学教授 アビジット・V・バナジー氏
2019年、「世界的な貧困を削減するための実験的なアプローチ」が評価され、ノーベル経済学賞を受賞したアビジット・バナジー米マサチューセッツ工科大学(MIT)教授。パンデミック(世界的流行)の間にも人道的危機や貧困問題がむしろ悪化してしまった現状に驚きを隠さない。経済学はそうした状況に何ができるか、作家でコンサルタントの佐藤智恵氏がインタビューした。
世界経済が平常化したとき、何もできていなかったことに気づく
佐藤 バナジー教授がデュフロ教授とともに執筆した『絶望を希望に変える経済学』は、「エコノミストが選ぶ経済図書ベスト10」(2020年)の第1位に選出されるなど、日本で大きな反響を呼んでいます。日本での人気をどのように受けとめていますか。
バナジー 私たちの本が日本の多くの読者に読まれているのはとても興味深い現象です。一般的に日本の読者は高い教養を備えていますから、多くのノンフィクション本を読みます。そのため日本はノンフィクション本に対する評価の基準が厳しい国なのです。こうした国で『絶望を希望に変える経済学』が支持されていることを光栄に思っています。
佐藤 日本で著書が出版されたのは20年4月。新型コロナウイルスの感染拡大が始まったばかりの頃でした。世界でいまも著書が注目を集めているのは、パンデミックの影響もあると思いますか。

『絶望を希望に変える経済学』 アビジット・V・バナジー、エステル・デュフロ著 村井章子訳(日本経済新聞出版)
バナジー 世界の重大問題に対する解決策を示した私たちの著書に関心が集まっているのは、パンデミック下で人々が世界の未来に対して漠然とした不安感を感じているからかもしれません。
パンデミックはある意味、人々の物事の見方をシンプルにさせています。いま世界の人々が戦うべき敵はただ1つ、新型コロナウイルスです。誰もがウイルスと戦うことに集中しています。
しかしパンデミックが収束し、世界経済が平常化したとき、どのような世界が待ち受けているでしょうか。パンデミック前に抱えていた重要課題を、世界は何も解決していなかったことに気づくはずです。むしろパンデミック期間中に悪化してしまった問題もあります。たとえば21年、コロナ禍のアフガニスタンで何がおこったか、考えてみてください。アフガニスタンはいま世界で最も深刻な人道的危機に直面しているのです。
世界はパンデミックを乗り越えつつあるかもしれませんが、2019年の世界よりも2021年の世界はよりよい世界か、と言われれば、全くそうはなっていない。こうした世界の未来に対する不安感が「この苦しい時代、世界をよりよくするために、経済学は何ができるのか」という問いへの関心を高めたのかもしれません。