「可処分時間」争奪戦 主戦場は「目」から「耳」へ
緒方憲太郎Voicy代表 VS. 北野唯我ワンキャリア取締役
ブックコラム市場にさらされないと「素晴らしい作品」は生まれない
北野 今は本やテレビ、ラジオのほかにも、ネットの動画やテキスト、音声など、いろんな媒体があって、クリエイターのそれぞれが自分の戦略や好みに応じて使い分けられます。
僕は今年1月から、『内定者への手紙』という250円の本を5回のシリーズとしてアマゾンのキンドルで出しているんですけど、いろんな人に「なんでnoteじゃないんですか?」って聞かれるんですよ。
noteって、商品やサービスの製作過程を売っていくという、プロセスエコノミーのツールとしては最高だと思うんですけど、「作品」を届けるという観点だと、アマゾンの方がマッチしていると思ったんです。
アマゾンは、レビューが付くじゃないですか。『内定者への手紙』にも、数百件のレビューがついているんですが、いろんな人がお金を払って買って読んで、この作品がおもしろいかどうかを評価してくれている。市場にさらされているわけです。
緒方 SNS(交流サイト)と、作品を売る場としてのマーケットプレイスって全然違うんですよね。
北野 そうなんですよ。やっぱり、素晴らしい作品は、市場にさらされてこそ生まれるような気がするんですよね。
3作目の本を出したときに、アマゾンのレビューでボロクソに書かれたんです。当時は正直ムカついたんですけど、事業やプロダクトを作るときって、お金を払って使ってくれた人たちからボロクソに言われたことを受け入れて、改善していかないと伸びないじゃないですか。
「思想は寿命を超える」
緒方 北野さんは何冊も書籍を出されていて、今も毎朝原稿を書いていらっしゃるんですよね。
北野 はい。毎日書いています。思想って寿命を超えられますよね。僕が本を書く理由はそこにあります。
2000年単位で残り続けている概念の、もっとも代表的なものは宗教だと思うんですが、そうした思想が今も残っているのは、テキストであり本のおかげです。
あと、僕は作品作りが好きなんですよ。80%のものを90%に、95%を99%に、99.5%を100%に近づけるプロセスが作品のクオリティーを決めると思うんですが、そこがとにかく好き。
緒方 音声コンテンツの場合は、そうした最後の100%に近づけるための作り込みが、表れにくいところがありますよね。そこが良いところでもあり、弱いところでもある。すごく手間とコストをかけたからいいものができるかといえば、そうとも言えないところがある。
動画やテキストのように、手で作って目から入れるコンテンツは、画面などの中間媒体を通して相手に届くんですが、発信するためには中間媒体に乗せるための加工が必要です。
一方、音声のように口で作って耳から入れるコンテンツは、中間媒体が必要ない。人が発した声がそのまま相手の耳に届くので、本人性がすごく高くて、加工による差分が出にくいんですよね。
だから音声で作り込みの差分が出るアート作品というのは作りにくい。歌くらいですよね。
北野 そうですよね。ミュージシャンになっちゃう。
緒方 北野さんは、「良い作品を残したい」と思われるようになったきっかけってありますか?
北野 ある程度自己実現ができると、「社会に何を残せるか」という視点しか残らないんですよね。そういうところかな。僕、全然物欲ないですし。
緒方 服装を見てるとだいたいわかりますよ(笑)
北野 緒方さんに言われたくないですよ(笑)
(ライター 大井明子/聞き手は日本経済新聞出版 雨宮百子)
1980年兵庫県芦屋市生まれ。音声コンテンツ技術を手掛けるVoicy(ボイシー、東京・渋谷)の代表取締役最高経営責任者(CEO)。大阪大学基礎工学部、経済学部を卒業。その後、2006年に新日本監査法人に入社し、その後複数の監査法人を経て、2016年にVoicyを創業。地元放送局のアナウンサーを父に持ち、「語り口から人柄や温かみが伝わる」声を生かしたサービスの事業化に取り組んでいる。著書に『ボイステック革命』(日本経済新聞出版)。
兵庫県出身。神戸大学経営学部卒。新卒で博報堂の経営企画局・経理財務局。米国・台湾留学後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年ワンキャリアに参画、子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略ディレクターの兼務などを得て、現在、ワンキャリア取締役。戦略領域・人事領域・広報クリエイティブ領域を統括。著書『転職の思考法』(ダイヤモンド社)は20万部越えのヒット。新刊に『戦国ベンチャーズ』(SHOWS Books)を出版。