変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

昭和時代に驚異的な成長を遂げて世界を震撼(しんかん)させた日本が、平成の30年間、突如失速していったのはなぜか? その真因の1つが、独自の日本流から「世界標準」へと経営の軸をブレさせたことである。
そもそも世界標準などというものは、どこにも存在しない。グローバルスタンダードという言葉も、海外に対して卑屈になりがちな日本人がつくった和製英語にすぎない。それにもかかわらず、バブル崩壊とともに、競争戦略論や欲望扇動型マーケティング論など、欧米直輸入の経営モデルに飛びついてしまった。最近もデジタル思考、破壊的イノベーション、コーポレートガバナンス、両利きの経営など、欧米発のお手軽モデルが、パンデミックとなって日本中を席巻している。
いずれも経営の本質を見事にはずしており、当の欧米ではとっくの昔に否定されているモデルであることにも気づいていない。これは悲劇というより喜劇だ。このような周回遅れの欧米礼賛主義に陥っている限り、日本企業の復権はありえない。
(第2章 リーダーの軌跡 55ページ)

ヒト中核の経営姿勢は「日本の世界遺産

本書は、経営者がどう従業員をまとめ引っ張っていくべきか、望ましいリーダー像について詳述されています。特に、社員のほめ方・叱り方、仕事の任せ方、人の動かし方、従業員のまとめ方など、社員とのかかわり方をクローズアップしている点がポイントです。同時に経営者として常に注意を払っておかなければならないような組織の生かし方についても様々なテーマから解き明かし、稲盛、永守両氏の、信念にも似た持論を浮き彫りにしながら紹介しています。

「叱るべきときは、心を鬼にして叱る」という稲盛氏。「叱るときには徹底的に叱る」と永守氏。部下に嫌われたくないために迎合し、一見、愛情深く見えても結果として部下をダメにしていくと、稲盛氏は述べています。一方、永守氏は「望みがあるから叱る」といい、しかし叱った後はほめ言葉がならんだ手紙を送ってケアをするのが永守流。鬼と仏が同居しているのが人を動かすワザです。経営者は人間心理について優れた洞察力が必要だと考えていると、稲盛氏は指摘しています。

もう一つ、2人の大きな共通点は、経営の原点に高い「志」や「大義」を置いていることです。稲盛氏は私利私欲のない「利他の心」「無私の心」を説くのに対し、永守氏は「夢」「ロマン」という言葉を使います。若干ニュアンスの違いはありますが、経営者として厳しい内省を重ねていることに変わりはありせん。

「稲盛は理想主義と合理主義の両立を語り、永守は夢・ロマンと数字の両立を説く。これは二人にだけ共通した特徴ではない。かつて渋沢栄一が唱えた『論語と算盤』そのものである。100年の歳月を超えて、日本型経営の神髄は驚くほど一貫している。グローバルスタンダードなどという幻想にとらわれることなく、二人の経営者は、日本型経営の原型を現在、そして未来へと継承し続けているのである」(66ページ)と著者は断言しています。

盛守経営に通底するのは、「モノ」や「カネ」ではなく、「ヒト」を中核資産とした経営姿勢だ。これは、トヨタ自動車やダイキン工業など、世界に冠たる日本企業に共通する日本流経営の神髄でもある。そして、欧米流の経営モデルに毒された日本企業の多くが、平成時代に軽視してきた日本の世界遺産でもあった。
(第8章 経営の押さえどころ 182ページ)

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