東日本大震災から11年 防災ベンチャーが見つめる死角
『AI防災革命』著者に聞く
ブックコラム新しいSNS活用のビジネスモデルが理解されず
――ただ設立当初は資金面で苦労したことを結構あけすけに記しています。
「当時はSNS自体が新しいメディアだったこともあり、銀行やベンチャーキャピタルの担当者は軒並み渋い顔で私の説明を聞いていました。ショップの店員や塾講師の給料を会社の運転資金として口座に移し替える日がしばらく続きました。転機となったのは16年の熊本地震でした。地元の人々が目の前の状況を、SNSに投稿した写真や動画をピックアップして『庁舎が倒壊』『道路が寸断』といった情報を提供しました。来月、資金がなければアウトという時にフジテレビジョンが出資してくれ、あと1年は会社が生き延びられそうという状況になりました」
――各地のテレビ局もスペクティを相次ぎ導入し、新聞社も約7割が活用するようになりました。

災害現場をリアルタイムでチェックする愛知県豊田市の防災担当者
「それでもベンチャーキャピタルからの理解はなかなか得られませんでした。慈善事業でない以上、市場の広がりが見えてこないという理由でした。それでも投資会社より生きた情報を扱う事業会社の方が、スペクティの価値を認めてくれました」
ハード面で日本はトップ級、課題は減災のソフト面
――18年にAIを活用した防災・危機管理情報サービス分野に進出しました。
「強固な橋梁や堤防、震度6の地震にもビクともしない多くの建築物などハード面で、おそらく日本は世界トップの防災大国です。しかしソフト面では、まだまだ開発の余地が残っていると考えます。ゼロリスクではなく、情報を分析して被害を最小に抑える発想が必要です。新たな危機は繰り返し必ずやってきます。私には×年後に大地震が起きる可能性が◎%といった遠い先の予測はできません。しかし災害が発生する直前・直前の変化は予測でき、危機を可視化すれば、現地の人々の恐れや不安は減少します。AIを使ってSNS情報を適切に取捨選択し、自治体の防災担当者らに発信するサービスを展開しています」
――報道向けに迅速を旨に情報を送るのと防災向けに発信するのは「質」に違いがありますね。
「災害現場では絶対正確な情報が求められます。AIビジネスにありがちな『間違いを許容しながらユーザーとともに成長していく』といったビジネスモデルは許されません。そのために欠かせないのは、実は『ヒトの目』なのです。3カ月の研修を受けた担当者が24時間体制で情報を精査しています。画像解析などに加えSNS投稿者の信用度分析も行います」
「AI使っているのに、最後は人手に頼るというのは逆説的に聞こえるかもしれません。しかし最後にヒトの目で確認するというプロセスが災害担当者の方からの信頼を勝ち得ている理由だと思います。国や都道府県、市町村など100を超える全国の自治体にデータを提供しています」
――最近は、日本気象協会などとも提携して、AIによる路面状態判別システムの実用化を目指しています。
「国道や県道のライブカメラをモニターが監視するだけでは、冠水、積雪、凍結などの判別が難しいケースが少なくありません。カメラ映像をAIで自動解析し、気温や降水量などの気象データと組み合わせることで危険が迫ればアラートが上がるようにシステム化します。それをもとに除雪車の出動や通行止めの指示を出せれば雪害を減少させることが可能でしょう。また『1時間後に通行止めになるだろう』とAI予測できれば、積雪の中で車両が長時間滞留する事態も避けられます」