絶版しない出版社の原点 コンサルから家業に転じ挫折
英治出版社長 原田英治氏(上)
キャリアの原点著者を応援する姿勢がロングセラーにつながる
絶版にしないという方針ともう一つ、創業時から英治出版の屋台骨となっているコンセプトがある。それは「著者を応援する出版社」だ。
「著者には本を書くことで、何かを訴えたいとか、社会をこういう方向に変えたいとか、何かしらの夢があるはず。その実現のためのツールが本なのです。出版は版を出すと書きますが、本来の役割はPublication(パブリケーション)、つまり著者や著者の優れたコンテンツを公にすることにあると思うのです」。その思いが初めて具体的な形になったのが、創業の翌年に組成した日本初のブックファンドだ。
きっかけは、内モンゴルからの留学生が日本語で書いた詩文集を出せないかと相談を受けたことだった。詩は美しく透明な日本語で書かれていて素晴らしいが、これといった実績もない出版社が出す詩文集が売れるとは思えない。しかし、留学生が帰国する前になんとか形になるのを応援したいと考える人たちから、すでに440万円ものお金が集まっていると聞いて胸を打たれた。
せっかく広がっている共感の輪を無にはできないと急遽、ファンドの形を整えた。これが出版社の利益を最優先とせず、著者や共感する人たちの「応援」を主目的とする日本初のブックファンドとなる。出版のプロに閉じていた出版マーケットを広く解放したという意味でも画期的だと評価された。こうして『懐情の原形 ナラン(日本)への置き手紙』(ボヤンヒシグ著)が世に出た。
同書は数々のメディアに取り上げられ、詩文集としてはベストセラーと言える約5000部を売り上げる。発売から1年後、16.6%の配当をのせてファンドは償還された。02年にはこのブックファンドを使って公認会計士・税理士の山田真哉氏が会計ミステリー小説『女子大生会計士の事件簿』を出して大ヒット。その後のミリオンセラー『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(光文社新書)につながった。

「出版は応援ビジネス」と語る原田氏。人を応援するのは天職だと感じている
ブックファンドではない通常の出版でも2001年、『マッキンゼー式 世界最強の仕事術』がベストセラーになり、経営は徐々に軌道に乗った。フォーカスを先見性の高いビジネス書や、組織開発・社会変革などの領域に絞り込んだことで、ブランド化に成功。売り上げは堅調に伸び、現在、利益率は20%超と出版業界の中でも極めて高い水準を維持している。出版不況の荒波を乗り越えながら成長できた理由について、原田氏自身はこう分析する。
「最初は大手へのアンチとして打ち出した絶版にしないという方針が、結果的に長く読まれ続ける腐らないコンテンツを作ろうという意識につながった。企画を決める際にも、今、世の中でこんな本がヒットしているからニーズがあるだろうとか、この著者が注目されているからうちでも書いてもらおうという発想はしません。現在のマーケットだけでなく、未来の読者を想像し、長く読まれる価値があると編集者自身が信じられるものだけを作る。そうやって長く活躍する著者を応援することを目指して取り組んできたことが、結果としてロングセラーを生み、経営の安定につながったのだと思います」
著者にとって名刺代わりとなる1冊を作れば、その人が活動する限りその本がずっと売れ続ける。その好例が安宅和人氏による『イシューからはじめよ』だ。初版は2010年だが、昨年同氏の『シン・ニホン』(NewsPicks パブリッシング)が話題になったことで再び注目され、累計40万部を突破した。
「著者を応援するというのを20年以上続けてきて、一番嬉しい褒め言葉は、本を書いたことでメッセージが磨かれ、講演がうまくなったとか伝えやすくなったとか、その人が思い描いた変化が起きた、夢が前進したと言われることです。父はよく、『みんなによくしてあげると、自分が神輿を担がれるように浮かびあがってくることもある』と言っていました。それを僕の言葉で言い換えると、『誰かの夢を応援すると、自分の夢が前進する』です」
この言葉は、英治出版の経営理念となり、独自の組織文化を育むことにもつながっていく。
(ライター 石臥薫子)