女声か男声かビープ音か 顧客体験変える音のデザイン
緒方憲太郎Voicy代表 VS. 田川欣哉Takram代表
ブックコラムまだ「絵の具」が足りない
田川 プロダクトデザインの中の音声というと、昔からあるのは警告を表すビープ音です。冷蔵庫を開けっ放しにしたときにピーピー鳴りますが、そういった音です。
一番リッチな音声は自然言語での会話ですが、その中間もいろいろあります。スターウォーズに出てくるロボットのR2-D2なんかは「ピポパポピポ プー」みたいに、理解できる言葉でしゃべっているわけではないけれど、何となく感情を表現しているように聞こえます。
任天堂のゲームの「あつまれ どうぶつの森」のキャラクターは、早回しのような、ちょっと機械的にも聞こえるような音声なんですが、画面に表示されるテキストを見ながら聴くと何となく感情が伝わってきます。ペットと人間のちょうど中間を狙った感じの表現ですよね。
これらはすべてサウンドデザインの分野に入ると思うんです。でもまだ、本当に表現したいものを表現するためには「絵の具が足りない」状態です。例えば暖かいのか冷たいのか、子どもっぽいのか大人っぽいのか。さまざまな軸を掛け合わせたときに、どういった音がベストな選択になるのかを考えるわけですが、その微妙なグラデーションを表現するための音声の絵の具のバリエーションが、まだ足りないんです。
サウンドデザインは、ゲームの分野だと結構やっている人はいるんですが、プロダクト全体だと、まだやっている人は少ないですし、すごくおもしろい領域だと思います。
仮想世界でも「声」は残る
緒方 最近、インターネット上の仮想世界「メタバース」が話題になっています。メタバースって、リアルの現実の世界とは別の世界だけれど、その中でも本人性、つまり"自分"を大事にしたいという気持ちは強いような気がします。
たとえば今、ゲームをやっている人たちって、ヘッドホンをして友達としゃべりながら参加している人が多い。そう考えると、メタバースの中で唯一残る本人性が「声」になるんじゃないかと思いますね。
田川 それはあるかもしれない。
緒方 自分の姿は映したくないし、別の姿になりかわりたいけど、声は自分のままで出す。もちろん、若干、機械的に声音を変えたりすることはあっても、しゃべり方や間の取り方、口癖なんかはそのまま残るんじゃないかと。
田川 それってすごくおもしろいポイントだと思います。
僕も子どもと一緒にオンラインゲームをやったりするんですが、無音でやるとすごく機械的になっちゃうんですよ。声が入った瞬間、それまで機械的だった描写が人間的になるんです。
今のテクノロジーの、まだよそよそしさが残っている部分を、音声が埋めてくれているところがあると思います。
(ライター 大井明子/聞き手は日本経済新聞出版 雨宮百子)
1980年兵庫県芦屋市生まれ。音声コンテンツ技術を手掛けるVoicy(ボイシー、東京・渋谷)の代表取締役最高経営責任者(CEO)。大阪大学基礎工学部、経済学部を卒業。その後、2006年に新日本監査法人に入社し、その後複数の監査法人を経て、2016年にVoicyを創業。地元放送局のアナウンサーを父に持ち、「語り口から人柄や温かみが伝わる」声を生かしたサービスの事業化に取り組んでいる。著書に『ボイステック革命』(日本経済新聞出版)。
Takram代表。東京大学機械情報工学科卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートにて修士課程修了。経済産業省・特許庁の「デザイン経営」宣言の作成にコアメンバーとして関わった。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート名誉フェロー、日本デザイン振興会理事、東京大学総長室アドバイザーなどを務める。ハードウェア、ソフトウェアからインタラクティブアートまで、幅広い分野に精通するデザインエンジニア。著書に『イノベーション・スキルセット』(大和書房)など。