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競争と協調を組み合わせた関係構築を

第2次世界大戦、そしてその後の冷戦下でも一貫して米国が世界秩序の維持に重要な役割を果たし、時には「世界の警察官」を自認するまでになりました。その1強支配を続けてきた米国の圧倒的な存在感が近年揺らぎ、「世界秩序の維持という作業に消極的になり、状況によってはまったく貢献をしなくなった」(378ページ)と著者は断じています。第3部までこれまで解説が中心だった筆致が、第4部では積極的な提言が目立ち、本書の柱をなしています。

「そして今、トランプ政権下のアメリカがさまざまな国際条約から離脱し、以前は不可侵に見えたヨーロッパとアジアにおける同盟関係にも条件付きのアプローチをとり、中東で手を組んできた国々とも距離を置き、北朝鮮とイランへの(編集部注・核問題への)対応も言動不一致であるせいで、アメリカの信頼性に対する疑いは何倍にも膨れ上がっている」(同)と厳しい評価を下しています。

その上で、米国は、同盟国をはじめ手を組む国々に働きかけを行うだけでなく、中国やロシアといった国々を世界秩序の維持に向けて参加させるよう努力していくことを筆者は説きます。「競争を対立には発展させず、競争のせいで協調が不成立となることを阻止しながら、競争と協調を効果的に組み合わせた関係を築いていかなければならない」(379ページ)。これこそが著者が強調する「新しい秩序の構築」にほかなりません。

今、リベラルな世界秩序は、ほころびが生じている。アメリカの相対的なパワーが低下し、世界において従来の役割を果たすことに対するアメリカの積極性が薄れ、中国が台頭し発言力を強め、ロシアが意図的に秩序の転覆を企てているせいだ。そして中国やロシアのような旗色鮮明な国だけでなく、フィリピン、トルコ、東欧でも、権威主義が広がりつつある。グローバルな貿易は成長しているが、ここ数度にわたる世界的貿易交渉はいずれも合意に至らなかった。WTOは関税、非関税障壁、政府補助金、為替操作、知的財産の盗難・侵害など、現代における重大な課題に適切な対処ができずにいる。アメリカがドルの優位性を乱用して制裁を科していることへの反発が広がる一方で、アメリカの債務増大に対する懸念も高まっている。さらに根本的な点として、危機に陥ったときにアメリカに頼ることができるのかどうか、同盟諸国が不安をつのらせ、アメリカ一国主義に対する違和感を強めている。
(第4部 秩序と無秩序 リベラルな世界秩序 374~375ページ)

その米国と同盟関係を続けるニッポン。中国や韓国など近隣諸国との新しい関係の構築も迫られています。「国の引っ越し」ができない以上、米国一辺倒ではなく、地政学にのっとり、視野を広げたしたたかな多国間の外交政策が求められているのかもしれません。本書はそんなヒントを与えてくれているように思えます。

◆編集者のひとこと 日本経済新聞出版・田口恒雄

リチャード・ハース氏は、アメリカの外交分野では世界で最もよく知られる民間シンクタンク、外交問題評議会の会長を18年間にわたって務める、いわば、外交論の世話役・ご意見番です。このシンクタンクは、ハース氏自身も時折執筆する『Foreign Affairs 』(フォーリン・アフェアーズ)という、世界情勢に関心を持つ世界中のエリートたちがこぞって読む有力月刊誌の発行元として知られています。

本書は、そのハース氏が、アメリカの若い世代の優秀な大学生でさえもが、専攻分野が異なれば、世界情勢や国際関係について、正確な知識をほとんど持たないことに衝撃を受け、大人であれば、だれでも理解できるように、現代世界の姿をわかりやすく解説したものです。

とはいっても、単なる教科書的に知識を並べる本ではなく、随所に、国務省などでキャリアを積んだ外交分野の専門家としての著者なりの独自な世界の見方、老練な観察が開陳されています。特に、現在、世界の耳目を集めているロシアのウクライナ情勢の背後にある北大西洋条約機構(NATO)の拡張について慎重な見解を披露している点は注目されます。

「冷戦の終焉後」といわれた時代が終わり、新たな混沌(こんとん)の時代の到来をいち早く指摘したことでも知られるハース氏の洞察に裏打ちされた「現代世界入門書」は、世界を知りたい読者の羅針盤の一つになるのではないでしょうか。

一日に数百冊が世に出るとされる新刊書籍の中で、本当に「読む価値がある本」は何か。「若手リーダーに贈る教科書」では、書籍づくりの第一線に立つ出版社の編集者が20~30代のリーダーに今読んでほしい自社刊行本の「イチオシ」を紹介します。

The World(ザ・ワールド) 世界のしくみ

著者 : リチャード・ハース
出版 : 日本経済新聞出版
価格 : 2,420 円(税込み)

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