社長の「しょうがない」が不正を誘発する
流創株式会社代表取締役 前田康二郎(3)

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私の好きではない口癖に、「しょうがない」「仕方がない」があります。
もちろん、仕事でミスをして落ち込んでいる人などに「しょうがないよ」と周囲が声をかけるのならば、それはよい使い方だと思います。しかし、自分がやったことに対して「しょうがない」と言ったり、都合の悪いことが起こった時にその責任をはぐらかすために自ら「仕方がない」と言ったりする使い方はよいとは思えません。
「特別」が生み出すモラルの決壊
たとえば、出荷基準で売上をあげている会社があるとします。予定通りであれば、年度末の最終日の出荷で、その年度の予算が達成されるはずでした。ところが担当者と工場の連携ミスでその日の出荷が間に合わず、新年度である翌日出荷になってしまいました。営業担当者をはじめ、社長や役員も、予算を達成させるために、何か月も前からスケジュールを組んでやってきたものです。そうすると社長としては、親心にも似た心境で「なんとかならないか」という気持ちが芽生えてきます。
通常であれば、「ミスはミスだからしょうがない。新年度の売上にしよう。こういうことが起こるから日頃のオペレーションが大事だと厳しく言っているのだ」と社員を指導し、同じことが2度と起こらないように改善策を講じることでしょう。
しかし、社長が予算達成を諦めきれないとき、「普段は出荷基準で売上を計上しているけど、こういう時はしょうがない。今回だけ特別に売上を立ててしまおう。別に売上をごまかしたり、お金をどうにかしようとしたりしているわけではないのだから」と自分に言い聞かせて、経理に今期の売上として計上するよう指示をしてしまう可能性もゼロではありません。
社長も人間ですから、迷うのです。心情的にはわからなくもないのですが、やはりそれはしてはいけないのです。一度「特別」を作ってしまうと、モラルの堤防が決壊します。必ず、「売上のほかにあの費用処理も翌年度にまわして今期は黒字にしよう」「昨年もやって問題なかったから今年もやってしまおう」となるのです。
「しょうがない」が不正を誘発する
会計上の数字を操作することもいけませんが、それよりももっと悪影響を与えるのが、「しょうがない」と思える事情やアクシデントがあったら多少の不正はしていいんだ、と社員が認識してしまうことです。
「経理部長は、いつも自分たちにはルールを守れと厳しく言っているけど、社長からの不正の指示には従うんだ」と、まず部下の社員たちが思います。そして、各々が自分なりの「しょうがない」理由を作って、データを偽装したり、商品を横流ししたり、ミスを隠ぺいしたり、小さな不正を行うようになっていくのです。それを誰かがやめるように指摘しても、「だって社長もやっているじゃないですか」と言われたら、言い返す言葉がありません。さらに、どこまでが「しょうがなく」て、どこからが「しょうがなくない」かということも、誰も答えられないでしょう。
1つひとつは小さな不正でも、たくさんの社員が行ったら会社全体の組織は腐ってしまいます。だから、職責が上であれば上の人ほど、「しょうがない」を悪用してはいけないのです。モラルのある社員が「しょうがないよ。この業界は皆不正しているのだから」と上層部から言われたら、気力も失せてしまいます。
そうではなく「しょうがない。このまま正直に計上するしかない。不正をするわけにもいかないし」という使い方をするべきです。そうすれば、ここの会社や社長は、「しょうがない」と思える事情でも、不正はしないし、させないのだ、という認識が社員に根付きます。自分たちもしてはいけないのだという意識も育ちます。トラブルがあった場合でも、不正でごまかそう、という選択肢を持たずに、合法的な解決法を考える習慣がつきます。
1度でも不正を容認すると、不正をするのが一番簡単にその場をごまかせる方法ですから、皆がそこに逃げて一時的な解決を目指してしまうのです。当然、営業力、商品力をはじめとする会社全体の体力や能力も、次第に落ちていくことになります。
怒れない上司たち
どのような上司が苦手かという聞き取りをすると、私の想像では「仕事に厳しすぎる人」とか、「仕事に対して責任を取らない人」ということが上位にくると思っていましたが、全体を通して「すぐ怒る人」という意見が多く上がりました。いわゆる「かんしゃくを起こす人」ということのようです。
私は子供の頃は家庭のしつけが厳しく、怒られることに慣れていたせいか、職場で他人が怒っているのを見ても、正直なところ、これまであまり気になったことがありませんでした。しかし今の時代は、自分が怒られること自体も嫌だけれど、誰かが怒鳴られて叱られているだけで職場全体の雰囲気が悪くなるし、自分も気分が悪くなります、という人がとても多いのです。
確かに言われてみれば、私の知っている業績が好調な会社や、若い人が生き生きと働いている会社では、「諭す」ことはあっても、「怒鳴る」場面はほとんど見たことがありません。
かといって、上司が本当に怒っていないのかというと、そうではありません。怒鳴りたい気持ちにかられているのが、ありありとわかる状況もあります。皆さん「我慢」しているのです。
上司の方に話を聞くと、「頭ごなしに叱ると、委縮してミスを隠すようになってしまい、もし帳尻合わせで不正でもされたら、それが一番会社にとっては困るので」ということでした。だからまず「なぜ自分が怒っているのかという説明から入って1つひとつ指導をしている」のだそうです。
今は指導ひとつとっても、昔のように「こら!」の一言ではなく、「いい? まず、なぜ私が怒っているかと言うと......」と、より細かい説明が求められるので、上司の負担も以前に比べて格段に増えていると感じます。