個人と組織の関係考える
テレビマンユニオン会長 重延浩氏

会社のトップとしてはもちろん、番組作りの過程でも、常に組織や多くの人々と関わります。そんな私がいつもそばに置いて、読み返しているのは、個人と組織の関係を考えさせる本です。なかでもユダヤ系ドイツ人の社会心理学者、エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』は大学時代に出合って以来、何度も再読しています。

しげのぶ・ゆたか 1941年旧樺太生まれ。64年国際基督教大卒、TBS入社。70年テレビマンユニオン設立に参加。著書に『テレビジョンは状況である』など。
原書刊行は、くしくも私が生まれた41年。書かれた背景には、第1次世界大戦後、やっと個人の自由を手に入れたにもかかわらず、それを否定するナチスという組織が登場して支持を集めたことへの危機感があります。
経済的基盤が必要な組織と個人の自由は時に矛盾します。その中で民主主義をどう取り入れるかは、私たちのような創造集団にとって大きな課題。テレビマンユニオンではメンバーシップ制をとり、制作メンバー全員が経営に関与する形をとっています。とはいえ、完成形というものはなく常に動いている組織なので、矛盾や課題が次々とやってくる。そんな時は、自由の意味を説いたフロムの著書に立ち戻り、知恵を絞ってきました。
現実に存在するもの(実存)の方が人間の本質より先にある、だから人間は根源的な自由を生かしきる必要がある。大学時代、そう説いた実存主義の思想にも憧れました。文学好きだったので、ジャン=ポール・サルトル『嘔吐(おうと)』や、アルベール・カミュ『異邦人』といった小説が愛読書でした。
68年、成田闘争の現場での番組スタッフの行動が問題視されて厳しい社内処分が下されたり、ニュースキャスターの田英夫さんが番組を降板したりして労使が激しく対立するTBS闘争が起きました。その翌年に出版されたのが、TBSの先輩で、闘争を闘った萩元晴彦さん、村木良彦さん、今野勉さんの共著『お前はただの現在にすぎない』。そこでは「テレビ的表現とは何か」「テレビの組織はどうあるべきか」を問うていました。闘争とは直接関係のなかった私も刺激を受け、彼らとともに制作会社を設立しました。

68年はアーサー・C・クラーク『2001年宇宙の旅』という印象深い本に出合った年でもあります。同年4月に公開されたスタンリー・キューブリック監督の同名映画を見て感動し、まもなく刊行された原書を購入しました。
クラークさんを尊敬するあまり、何度も手紙を出し、89年にはスリランカの自宅を、面会の約束もいただけないまま訪ねました。すると机の前には1メートルほどの高さの手紙の山。「おまえの手紙もその中にあるよ」とにやり。SF好きが通じたのか、会話は弾みました。後に、私の手掛けたテレビ番組に出ていただいたこともあります。
70年代以降、テレビマンユニオンでは日本テレビ系「アメリカ横断ウルトラクイズ」の制作を始めるなど、海外に出かける機会が増えました。そんなころに読んだのが遠藤周作さんの80年の小説『侍』。主人公の支倉常長が使節として劇的な使命を果たす姿に感銘を受けた私は、ぜひドラマ化したいと考え、遠藤さんに手紙を書きお許しをいただいた。私の力不足で、番組化の企画は実現していませんが、いただいた返信は大切に保管しています。
TBS時代にCMの制作を通じて知り合った女優の黒柳徹子さん。71年にニューヨークに演劇を学びに来ていた彼女と久しぶりに再会したことが、親交を深めるきっかけとなりました。
86年からTBS系「世界ふしぎ発見!」のプロデュースを始め、黒柳さんに出演してもらっていますが、このころ既に大ベストセラーになっていたのが、彼女が自分の子ども時代を書いた『窓ぎわのトットちゃん』。正義、感動、純真が詰まった、日本で最も柔らかい名作だと感じました。こうした彼女の自由な発想が、今も続く「世界ふしぎ発見!」での正答率の高さにつながっているのでしょう。