経営のアイデア、ベッドでメモ
資生堂社長 魚谷雅彦氏

入社して間もないころ、仕事に悩んでいました。「このまま続けていていいのか」とさえ思いました。ライオンは「国際的な企業」をうたっていて、自分も「留学したい」と訴えていました。当時では仕方のないことですが、現実はクーラーのないライトバンで営業に回る毎日です。夏はサウナの中にいるようでした。朝起きて思うのは「会社に行っても楽しくない」。
夢は膨らんでいましたが、そればかりが先行し、毎日の仕事がちょっと嫌になっていたんです。そんなときに出合ったのが、阪急電鉄や宝塚歌劇団を創った小林一三さんの『私の行き方』です。「夢や志を高く持ちなさい。それに近づくために、足元のことにしっかり取り組みなさい」という趣旨のことが書いてありました。

うおたに・まさひこ 1954年生まれ。同志社大卒。米コロンビア大経営大学院修了。日本コカ・コーラ社長などを務め、ヒット商品を生んだ「プロ経営者」。
気持ちがすっと楽になりました。不思議なもので、「とにかく毎日頑張ろう」って思うと気合も入るんです。「毎度お世話になってます。ライオンの魚谷です」。段々声が大きくなり、顔を上げて話すようになっていました。営業成績も上がり、「留学試験を受けなさい」と言われました。
その少し後に読んで影響を受けたのが、フィリップ・コトラー氏の『マーケティング・マネジメント』です。今ほどマーケティングという言葉は浸透していなくて、「営業」「販促」といった言葉で理解されていた時代です。この本を読んで「マーケティングとは価値の創造だ」と学びました。
歯ブラシや歯磨き粉を歯科医に売る営業をしていました。忙しいときに行っても「悪いけど今日はダメ」と門前払いです。ちょうど会社が「虫歯はなぜできるのか」というテーマの映像を作ったので、歯科医の勉強会で説明しました。月に2、3回呼ばれるようになり、「じゃあ、その商品置いておくよ」という感じで、売り込まなくても買ってくれるようになりました。コトラー氏の影響大です。

資生堂という会社がグローバル競争で勝ち抜こうと思ったとき、原点をどこに置くべきなのか。アイデンティティーはやっぱり「日本発」です。日本人が創業した会社なんです。それを失ってしまっては世界では勝てません。そんな思いから、司馬遼太郎著『この国のかたち』を読み直しました。日本人の精神性がどうやって作られてきたのかに興味があるんです。
資生堂グループの世界中の社員を集め、毎年大会を開いています。今年は1月24日に都内で開きました。そこで日本の文化的な価値観を伝えようとしたのですが、あえて他の人に語ってもらいました。ゴディバジャパンの社長で、『ターゲット』の著者のジェローム・シュシャンさんです。
フランス人の彼は日本に20年以上住み、弓道錬士5段の腕前です。著書と重なりますが、大会では日本の弓道について話してもらいました。目標を持つのは当然です。でも弓道はたんに的に当てるだけではなく、構えから精神統一まで問われます。「正射必中」。日本の会社で働いていることを皆に実感してもらえたと思います。
ブルース・リプトン著『思考のすごい力』は生物学の本ですが、結局は「心の持ち方が大事だ」ということにつながります。書店では「何か違った本はないか」と思って探しますが、買った本を見ると「人間の可能性」や「経営哲学」に結びつく本ばかりです。そういう読書をよしとして、楽しんでいるんです。もうちょっと遊びがあってもいいかもしれませんが、自分にとっては企業経営そのものが人生なんです。
ベッドのそばにはメモ用紙が置いてあります。本を開いてから、30分も持たずに眠ってしまうこともあります。それでも本を読みながら「そうだ。明日これを副社長に連絡しないと」「これは面白い。うちに当てはめたら、こんな新製品が考えられる」といったことを書き込んでいます。
「リーダーの本棚」は原則隔週土曜日に掲載します。