故郷の偉人の改革に学ぶ
日本政策投資銀行相談役 橋本徹氏

私は岡山県高梁市で生まれ、高校を卒業するまで18年間、ここで過ごしました。高梁市には「方谷橋」「方谷林」など方谷にちなんだ場所がたくさんあります。それでも若い頃は、何をした人なのか知りませんでした。
関心を持ったきっかけは司馬遼太郎の『峠』という小説です。幕末に越後長岡藩(新潟)で藩政改革を実行し、最後は北越戦争で戦病死する河井継之助を描いた長編です。『峠』にはその河井が若い頃、備中松山藩(岡山)の方谷のもとで学ぶエピソードが出てきます。方谷について知りたくて『山田方谷に学ぶ改革成功の鍵』『財政破綻を救う 山田方谷「理財論」』『炎の陽明学』を読みました。
方谷は改革に取り組むにあたり、まず藩財政の実態を徹底的に調査しました。すると、5万石の石高を持つとされていたにもかかわらず、実収は2万石にも満たない事実が判明しました。方谷は藩の重役の反対を押し切って藩財政の実態を開示し、債務返済の長期繰り延べに成功したのです。ぜいたくや賄賂、供応の厳禁、藩内で豊富に取れる砂鉄を活用した産業振興、藩札の刷新にも取り組みました。多額の政府債務を抱える現代の日本は今こそ方谷に学び、企業がやる気を出し、イノベーションを起こせる環境を整えるべきです。世界が求める真に価値ある財・サービスを提供して適正な利益を上げ、国と地方の税収を増やすしか、財政再建の道はありません。

はしもと・とおる 1934年生まれ。東大法卒、富士銀行入行。91年頭取、96年会長。ドイツ証券会長などを経て2011年に日本政策投資銀行社長、15年から現職。
米国に留学していた20代のとき、教会に呼ばれ、日本の仏教について話をする機会がありました。そこで、親鸞の『歎異抄』を取り寄せて勉強しました。他力本願の教えは、人間は生まれながらに罪深く、キリストを信じることによってのみ救われるという、キリスト教の教えと似ています。
国際情勢を分析した著書をよく読みますが、昨年出た『新・地政学』『中東・エネルギー・地政学』を貫くテーマも宗教です。現在の複雑な世界情勢を理解するには宗教に関する知識が欠かせないと気づかせてくれます。そもそもユダヤ教はキリスト教、イスラム教を含む一神教の母体です。にもかかわらず、なぜ、世界では宗教紛争が絶えないのか。地政学の視点も取り入れた両書の分析には説得力があります。
二十年ほど前の本ですが『文明の衝突』は、国際情勢を論じる上で今も必読の書といえるでしょう。著者は本の土台となる論文を1993年に発表しています。91年に旧ソ連が崩壊し、資本主義社会の勝利が唱えられた頃です。冷戦後は異なる文明間の争いになると見通した先見の明に感服します。

銀行の文化、企業倫理を見直す目的で、外部の有識者らによるアドバイザリーボードを発足させました。そんなときメンバーの一人、由井常彦先生から薦められたのが石田梅岩の『都鄙(とひ)問答』です。当時の富士銀行はライバルとの収益競争に明け暮れていました。商人だから収益を目指すのは当然ですが、顧客にとってよきモノを売り、その対価として適正な収益を得るべきだという梅岩の教えは心に染みました。役員で手分けをして全店舗をまわり、それまでの「収益至上主義」を改め、「お客様第一主義」を徹底しようと呼びかけたのです。
『日本の進路を決めた10年』の著者は、MRA(道徳再武装)の元日本駐在代表です。MRAはキリスト教を源流とする国際的な組織で、「正直」「無私」「愛」などを重視する活動です。戦後日本が共産主義に向かわず、労使協調路線が定着した原動力になったと思っています。世界各地で対立が広がる今、「真の平和は個人の心から。だからまず、自分が変わり、他者と和解しよう」というMRAの教えを思い起こすべきでしょう。
「リーダーの本棚」は原則隔週土曜日に掲載します。