それ本物? 居酒屋まで広がるショーンK氏詐称の影響

ハーフを騙ることは許せない!
あれからもうひと月以上経過したというのにその余波が今も広がり続けている。
ショーンKさんの「詐称問題」だ。
ショーンさん自身についてのプライバシーの詮索は既に終わった。一個人を超え、事件が惹起した"思わぬ現象"に世間が揺さぶられた。これを「ショーン効果」と呼んでみる。
その一つが「偽ハーフたたき」だ。
ネット上では「アレキサンダー、実は坂本!」が盛り上がっている。「なんじゃそれ?」だが、検索すると結構な数がヒットする。元AKB48川崎希さんの夫で「イケメンハーフタレント(古い表現……)」のアレクさんが「(許してください……)本名は、坂本です」と告白した?
同じ番組で、タレントの水沢アリーさんもこう口走った。
「私は2分の1のハーフではなく、外国人の血はたった8分の1しか流れていない、ほぼ日本人でした、すいません」
私にとっては「だから?」な感じのコメントが、スタジオに衝撃を走らせた。「ハーフを騙(かた)ることは許せない!」と、若者は反発するのだそうだ。だから「オヤジ向け雑誌発のショーンネタ」が「ゲス極ベッキー」に負けないほどに注目されたのだろう。
芸能人が、整形かどうかを判別するため一部で行われてきた「卒アル・チェック」(卒業アルバムの写真チェック)」も、ショーンK事件では「偽ハーフ発見」で活躍したと、おたく系に強い友人が言っていた。雑誌がショーンKの日本人の顔をした少年時代を紙面に載せ、「ショーンのハーフは作り物」と伝えた手法も「卒アル・チェック」に通じる。
老いも若きも「偽ハーフたたき」を続けるうち、いまだに西欧コンプレックスを根強く抱える自分自身に気がついて、みんな密かに自己嫌悪に陥ったのか? これも「ショーン効果」の一部かもしれない。
テレビ局が学歴・経歴をきっちり確認し始めた?
「ショーン効果」を最も大きく発揮したのは、なんといっても、その後急激に強まった「証明圧力」においてだ。
例えば「学歴」。
かつて書面提出を伴う「学歴」確認が必要なのは、進学や就職の時ぐらいだった。古い話で恐縮だが、私の大学時代は学園紛争のただなかだった。学園は長らく閉鎖され、卒業も「どさくさ紛れ」。卒業写真はいまだに見当たらず。
それでも就職できたのだから、どうやら証明書は入手したのだろう。それ以来学歴を意識することもなかった。
唯一あったとすればテレビのクイズ番組で「○大学出身VS□大学対抗戦」のような場面で何度か声をかけてもらった時ぐらいか。もちろん「卒業証書を持参して」なんてことは一切言われなかった。
ところがこのひと月、テレビ局が学歴・経歴をきっちり確認し始めた?
例えばTBSテレビ。
「ショーン事件」直後の3月23日に行われた定例社長会見。4月から朝のワイド番組にレギュラー出演するパックン(パトリックハーランさん)の「ハーバード大学卒」の学歴を、卒業証書のみならず、卒業生紹介サイトでもきっちり確認したと宣言(産経新聞電子版・3月24日)。
テレビ業界らしい「シャレっ気」というばかりではなさそうだ。バラエティー番組の企画会議にしばしば顔を出す放送作家がぼやいていた。
梶原:「そういう<落差もの>はバラエティーの定番じゃないですか」
作家:「局側は、出演者の経歴にものすごく慎重になっているみたいでね。<あなたの言う、元暴走族のトップと称する人物が、実際に元暴走族に所属し、トップに上り詰めたという事実を証明する書類があるか?>なんて言われちゃいそうな気配なのよ……」
梶原:「暴走族風な、改造バイクを前に<うんこ座り>して、カメラをにらみつけるみたいな<現役時代の写真>でも添付すれば説得力あるんじゃないの?」
作家:「それって、今だと<ハロウィンで仮装の可能性はありませんか?>とかで、一蹴されちゃいそう……」
梶原:「うーん、暴走族トップを証明する公式文書ねえ……ちゃんとした犯罪歴、みたいな?」
作家:「それ万一見れたとしても、族のトップか使い走りか、わかんないよなあ……」
「ショーンK問題」の影響が広がる
実際に会議にあげる前に「証明圧力」に悩む人がいる。
例えば「極貧からセレブ妻へ」なんて数字の取れそうな定番ネタが、「素直に面白がってもらえない気がする」という。「極貧時代と現在、少なくとも、納税証明書2通は添付してもらわないと、話にならない!」との正論が聞こえてきそうだと懸念して落ち込んでいるのだ。
「与太話から高視聴率番組の生まれる余地」はショーンK以来、絶滅の危機にあるらしい。「コンプライアンスの点からだって、本来そうあるべきだ」という声と、「そこまで配慮が必要なのか……」との声が業界に入り混じっている状況が垣間見える。
「ショーン効果」は他の業界にも大きな影響を与え始めている。某チェーン店系居酒屋のオヤジさんが嘆いていた。
梶原:「ステーキ屋さんの<神戸牛A5等級・取り扱い認証店>みたいな看板をどーんと掲げたら、フェアなんじゃないですか」
店主:「我々の業態は、メニューで最低50以上。食材は数百種類。全ての産地証明の看板ぶら下げ、季節ごとにつけ変えさせる、なんてことを店員に強いたら、ブラック職場の非難を浴びそうです! それでなくとも……でしょう?」
「ショーン効果」のいい効果
「ショーン効果」が、いい方向に働いた人たちもいた! それは、塾・家庭教師業界の皆さんだ(あくまでも、私見)。
ショーンKさんは、結果的に「学歴が人物判定する上で思った以上に大きいものだ」というのを見せつけることとなった。
我が国では、一般的には、学歴の最上位に「東京大学」があるとされる。「現役東大生が教えます」とうたう塾や家庭教師の元には、例年以上に多くの保護者たちが「うちの子をお願いします」と押し寄せている、かもしれない。
早稲田や慶応の学生なんかよりずっと時給が高そう(だと思われる)彼らは、常に東大の学生証を携帯し、求められればいつでも提示するらしい。ひょっとしたら、合コンにも携帯するかもしれない。お笑い芸人にも「東大枠」があって、その辺の連中とは違ったアドバンテージをもらえる、との噂もある。
長年の友人でもあり、私の所属する事務所の社長に「ショーン効果」について話を振ってみた。
社長:「そうですねえ……(気のない返事)。で、実はちょっとお願いしたいことがあるんですが……」
梶原:「何?」
社長:「こういうご時世、出演依頼で詳しい経歴を問いただされる可能性もなくはないじゃない? だからプロフィールみたいなざっくりしたものではなく、正確な経歴や資格一覧をきちんと作っておきたいんです。20年も一緒にやっていて変な話ですが、書き出しておいてもらえます?」
ショーンKは、嫌いじゃないが、罪深い……。
[2016年4月14日公開のBizCOLLEGEの記事を再構成]

1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。
著書に『すべらない敬語』『そんな言い方ないだろう』『会話のきっかけ』 『ひっかかる日本語』(新潮新書)『敬語力の基本』『最初の30秒で相手の心をつかむ雑談術』(日本実業出版社)『毒舌の会話術』 (幻冬舎新書) 『プロのしゃべりのテクニック(DVDつき)』 (日経BPムック) 『あぁ、残念な話し方』(青春新書インテリジェンス) 『新米上司の言葉かけ』(技術評論社)ほか多数。最新刊に『まずは「ドジな話」をしなさい』(サンマーク出版)がある。